韓国

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韓国の年表

1882年:アメリカ・イギリスと通商修好条約締結

1883年: 韓国での最初の公的英語教育始まる。「同文学」という学校でイギリス人1人、中国人2人(アメリカで教育を受けた)を教師としてスタートする。英語だけで授業が行われた。

1886年:「育英公院」で履修科目を英語で教授する。自然科学などの学問は英語で教えられた。(「同文学」が「育英公院」となる)

1910年~1945年:日本の統治下に置かれ、第二次大戦中は英語教育は禁止された

1919年:「3.1独立運動」が起こる。その影響で日本政府は文化統治を緩和して、ソウル帝国大学を設立して、英文科を開設した。

1945年9月:米軍は仁川に上陸して、軍政長官A. B. Arnoldを中心に南朝鮮の行政を組織始めて、教育の部門では、E. C. Lockard大尉が中心となり、朝鮮教育委員会が組織されて、9月下旬から国民学校、10月からは中等学校が開校した。(河合2004:6)

1945-1948: アメリカ軍政期による布告第5条では、「軍政期間において、英語をあらゆる目的に使用する公用語とする」と定めている。

1948年8月:大韓民国が成立した。

1948年10月9日:ハングル専用法が成立する。「法律第6号」として制定して、公文書におけるハングル専用を定めた大韓民国の法律である。そして、2005年1月27日制定の国語基本法に統合され、廃止された(Wikipedia)。 「大韓民国の公文書は、ハングルで書く。ただし、当面の間、漢字を括弧に入れて使用することが出来る。」以上がハングル専用法の全文である。この法律は、二つの文章から成り立っているが、「公文書」の定義がなければ、「当面の間」がいつまでなのかの規定もない。また、施行規則もなければ、違反者に対する罰則規定もない。従って、ハングル専用法は、法律ではなく宣言文であるとの解釈が、韓国の法曹界でも一般的である。(Wikipedia)

1949年12月:教育例が公布された。この教育法はアメリカの教育制度や民主主義の理念が織り込まれ、6-3-3-4制の単線型教育体系をとった。(河合2004a:4)

1950年6月:朝鮮戦争が勃発する。

1953年:朝鮮休戦協定

1954年:第1次教育課程期、当初から中学における英語の必修化を目指していた。

1958年:ハングルの識字率は96%まで高まった。解放当時の識字率は22%以下であった。(河合2004a:4)

1960年代から一部の私立小学校で英語教育を行われていた。

1963年:第2次教育課程期

1965年:文教部による発表では、韓国児童470万人中、112万人(23.8%)が血色状態であり、特に江原道では、欠食児童の割合が30%に達していた。(河合2004a:4)

1971年1月:文教部(現・教育人的資源部)は、国民学校(現・初等学校)のなかから外国語モデル校を指定し、特別活動として英語を教育するとの計画を発表した。しかし、これは時期尚早との意見が多く、この計画は撤回された。

1972年:一部の指定学校で特別活動の時間に英語教育を実施する。

1974年:第3次教育課程期

1974年:「高校平準化」が発表され、高校を学校群に分けて無試験で「抽選(くじ引き)を通して所属する「学校群」に振り分ける入試制度が導入された。この制度は、中学校において激しさを増していた高校入試準備に歯止めをかける目的であった。現在では、撤廃されている。(河合2004b:37)

1977年12月:文教部は、国民学校5学年から英語教育を行う計画を提起したものの、これも実施には至らなかった。@文教部長官の意向を受けて、一部の小学校での英語特別クラスや英語課外を行う風潮も生まれた。(吉川2002: 43)

1981年ソウルでオリンピック開催が決定。英語の必要性が認識される。

1981年:第4次教育課程期(~87年)また、オリンピック開催が決定して英語の必要性が認識される。

1981年10月:文教部は、計画をさらに具体化し、1982年から国民学校4学年以上の特別活動時間に週1時間程度の英語会話教育を実施することを発表した。このとき、文教部が発表した「国民学校英語特別活動運営方向(指針)」には、指導目標として次の内容が含まれている。→特別活動として実施することになる国民学校の英語指導の過程は、児童に外国語学習が容易な早期に英語に接するようにすることによって、中学校の英語教科学習の過程で学習効果を高めることができるようにする準備過程であることに留意し、以下を重点指導目標とする。→ ①英語の発音を正確に養う、②英語に興味を持たせ、親しませる、③意思疎通能力の基礎を磨く(樋口)。

1984年にラジオ、1985年にテレビで「国民学校特活英語」の番組が放送された(樋口)。

1984年オリンピックでの職員やボランティアの人たちの英語力を評価するテストとして、TOEICが採用される

1985年:中学義務教育化が決定される。

1986年:アジア大会が開かれる。

1987年:第5次教育課程期(~87年)

1988年9月17日から10月2日:ソウルで夏のオリンピック大会が開催された。

1988年:には、英語は主に国民学校第5、6学年を対象とし、各学校で自由な学習活動を行う「裁量時間」を利用して実施されることとなった(樋口)。

1991年: 文教部は教育部となる。

1991年:校長の裁量による小学校での英語選択科目制の導入(吉川2002: 43)

1991年7月:教育部は、英語を国民学校上級学年から正規教科(選択科目)とする方針を固めた。中央教育審議会と教育課程審議会を開いて具体的な施行方案を定め、両審議会の結論をもとに公聴会などを経て、第6次教育課程(1995度から実施)において開始する計画だった(樋口)。

1991年7月16日付『朝鮮日報』:社説で、英語教育は国民学校から始めるほどの最優先課題ではなく、「国語教育の内実化」がより重要だとの認識を表明、「国語教育を内実化する前に国際化の趨勢に巻き込まれると、民族の同質性、独自性、民族文化に対する自負心が次第に希薄になる危険がある」などと指摘し、教育部の初等英語教育導入方針を批判した(樋口)。

1991年9月: 教育部は9月、「1996年度から英語を国民学校で選択科目として教育する方案を検討してきたが、最終的に実施しないことにした」と明らかにし、▽英語早教育に対する反対世論が多い▽英語を選択科目にすると、大半の国民学校が選択科目に採択し、準必須科目化する恐れがある▽教科書編集と有資格の教員確保などが難しい──という判断であった(樋口)。

1992年:第6次教育課程期

1994年11月:韓国政府(金泳三政権)は、「世界化」を国政指標として「世界化推進委員会」(国務総理諮問機関)を設置した(樋口)。

1995年1月1日:世界貿易機関(WTO)に参加する。(なお、WTOの前機関であるGATT加盟は1967年4月14日である。GATTからWTOに変更に伴い、GATT加盟国はすべてWTO加盟国となったのである。)

1995年:国民学校は初等学校となる。

1995年 2月21日付:世界化推進委員会は、「世界化推進のための外国語教育強化方案」の一環として、国民学校3年生から英語を正規教科として指導することを政府に提案した。

1995年 3月:教育部は教育課程開発作業を開始した。

1995年 11月: 第6次教育課程(1992年告示、1995年実施)を改定、1997年3月新学年から英語を必修科目として第3学年より年次進行により導入し、2000年に第6学年まで導入した。

1997年から、初等学校(小学校のことで、1997年当時の呼称は国民学校)3年生から英語を正規教科として取り入れている。@1997年初等教育の第3学年から英語が必修となる。目標は「生活英語」

1997年12月30 日:教育人的資源部は、第7次教育課程を告示。2000年より順次実施され、現在に至る(2000年に初等学校1、2年、2001年に初等学校3、4年と中学1年、2002年に初等5、6年と中学2年と高校1年、2003年中学3年と高校2年、2004年高校3年にそれぞれ拡張、実施)。@1997年3月から小学校で段階的に英語が正規教科として導入された。97年には3学年のみ、98年には3・4学年、99年には3・4・5学年、2000年には3・4・5・6学年と段階的に英語教育が行われてきた。(樋口2008: 143)@[これによれば、当初は第6次教育課程に初等英語教育課程を付け加えててという形で1997年からの小学校からの英語教育の実施であったが、1997年に告示であり、小学3年生からの実施は2001年からということになる。それによれば、小学の3,4年生は週に1回の授業であり、1997-2000年は週に2回だったことと対比される]

2001:この年度から初等学校1,2年生に「私たちは1学年」という教科が新規に設けられたために、3,4学年の英語は1週1時間に削減されている。5,6年生は1週2時間である(河合 2004b: 14)。

2004年11月:韓国最初の英語村として「Gyeonggi English Village」が開設される。キャンプと称した合宿形式で、1週間コースや週末コース、4週間コースなどが用意されており、その間に日常生活に必要な英語を実践で学ぶ。村全体が英語環境なので、留学した場合と同じように自然な環境で語学の勉強ができる。

2005年:国語基本法が制定されて、第3条で「『国語』とは大韓民国の公用語としての韓国語を指す」としており、始めて法律レベルで韓国語が韓国の国語であり、公用語であることを明示したほか、国語発展に関する政府の役割を重視し、「文化観光部長官は国語の発展と保全のために、5年ごとに国語発展基本計画を策定する」(第6条などの規定を設けている。(樋口2008:151)@2005年7月、国語基本法を制定して5年単位で「国語発展基本計画」を推進、韓国語普及に力を入れている。2011年まで1次計画に合計979億ウォンを投入する。2007年から2016年まで10年間200個の「世宗学堂」を設立して韓国語普及熱風を起こすと予想している。

2006年8月25日:「数学・英語科教育課程修正告示案」では、2009学年度から初等英語教育の開始学年が1年生に引き下げられる。

2007: 2007年度の韓国の教育関連予算は約30兆7000億ウォンで、国家予算(237兆1000億ウォン)の約13%を構成する。日本の教育予算は国家予算の10%に満たない。韓国の教育人的資源部の長官は副総理を兼任しており、これらのことからも韓国が国策として教育に力を入れており、政治のリーダーシップが発揮されやすいことがわかる。

2007年:世宗学堂(せじゅんがくどう)を世界各地に設置して韓国語学習者の増加を図ることを開始する(3か国、13か所からスタート)。

2008年12月20日:(中央日報による) 「韓国型TOEFL, TOEIC」試験とされる国家英語能力評価試験が2012年から施行される。大統領職引き継ぎ委員会は、評価試験をもって修学能力試験に代わる計画を発表した。また2010年から小学校の英語授業時間が1週間に1時間ずつ増える。教育科学技術部はこうした内容の英語教育政策推進案を18日、発表した。国家英語能力評価試験は1~3級に分けて施行し、リーディング、ヒアリング、スピーキング、ライティングなど4つの領域で構成される。試験はインターネット基盤(iBT)で行う。 教科部は来年から試験開発に入り、2010年ごろ、5万人を対象に2度テスト施行した後、2012年から正式運営する計画だ。1級は大学2~3年生水準で留学や大学院進学をする際に活用される。2~3級は高校生が対象。

2011年:改定教育課程

2013年:世界各地で韓国語と韓国文化が学べる「世宗学堂」が120か所に増える。(世宗学堂を2017年までに200カ所に増やす計画)


文献
河合忠仁 2004a 『韓国の英語教育政策』  関西大学出版会
河合忠仁 2004b 「韓国」『世界の外国語教育政策』 東信堂
樋口謙一郎 2008 「韓国」『国際比較でみる「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」の成果に関する調査研究報告書(平成19年度)』文部科学省調査研究委嘱事業(第767号)pp.141-157
吉川寛 2002 「韓国」、本名信行編 『アジアの最新英語事情』 大修館書店

参考情報 (出典不明)
  韓国には、英語村が既にいくつも存在しますが、韓国政府は、さらに済州島に「英語専用タウン」の建設、そして英語による教育を行う小中高校を12校設立する方針を打ち出しました。この12校はいわゆるイマージョン教育を行う小学校で、国語や歴史以外の教科を英語で行うとしています。しかし、日本にある加藤学園、ぐんま国際アカデミー、リンデンホール小学校のように入学から卒業までをイマージョン教育で行うためのものではなく、各地の小学校から9000人を転入させて1年間学習させ、またもとの学校に戻すという擬似留学のための学校です。
 このプロジェクトには、日本円で約990億円の予算が投じられるそうで、約6億円の予算で小学校の英語活動を必修化しようとしている日本とはその力の入れようが大きく違っています.

韓国の大学(出典:https://www.nier.go.jp/seika_kaihatsu_2/risu-2-209_korea.pdf)
大学は 4 年(医科などは 6 年)であり,高等学校から大学への進学率は 70%を超えている。大学入試は,日本の大学入試センター試験に相当する試験「修能(スヌン)」の成績にもとづいて志望校を選定し,受験する「定時募集(チョンシモジブ)」と推薦入試や AO 入試(admissions office 試験)などに相当する「随時募集(スシモジブ)」とがある。

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