夢日記は危険か?

スポンサーリンク
Pocket

2014-11-05

「夢日記」つまり、夢を日記につけていくことは危険である、と先日ゼミ生から教えてもらった。その理由は「夢と現実が混乱してしまい、発狂する危険がある」ということだった。ネットで調べると、たしかにそのようなことが書いてあった。ここで、自分が知りたいのは、夢日記が危険という説は、科学的な根拠があるのか、根拠がないとしたらなぜこのような言説が若い人の間に広まったのか、ということである。

夢というのはすぐに忘れる。そのために、惜しいと思うことがあり、何とか記憶したいと思うことがある。昨日の私の夢は、「アイスクリームを一つください」と店員に注文したら、アイスクリームが大きな箱で一箱分出てきて、自分は「こんなにたくさん注文していない」と文句を言ったら、店員は「注文した。あなたは一箱と言った」と押し問答になり、結局、「その定価の6割を私が払う」と言って収束しようとしたら、店員は「大丈夫です、これは長い時間をかけて他の人に売っていくから」と言った。

この夢の前後にいろいろな夢があったようだが、よくは覚えていない。不思議なのは、アイスクリームに全然興味のない自分が何故こんな夢を見るのかということである。本来は自分はアイスクリームが好きで好きでたまらない、しかしこの年になってアイスクリームを好きだと言うのは恥ずかしいという気持ちがあって自分自身を抑制していた。夢の中でその抑制が取れて、本来の自分の欲求がでてきた、ということか。(そんなこともないだろうな)

ユングの本の中で、ワグナーの音楽を嫌いと公言していた人が、ある日、夢の中で、ワグナーの音楽を聴いて涙を流している自分を見る、それによって、本当は自分はワグナーの音楽が大好きであったことに気づくというエピソードが紹介されていた。

高校時代の尊敬する友人から、昔ユングの『心理学と錬金術』という本をプレゼントしてもらった。その本は非常に面白い本で自分に可成りの影響を与えた。その本を紹介してくれたことで今でもその友人に感謝している。その本に啓発されて、他にも数冊読んでみた。自分なりの結論は、夢の中に円形の図形が出てきたら、マンダラであり、じぶんは問題解決(または悟り)へ向かっているのである、早く自分もそんな夢をみたいな、であった。

しかし、何年経っても自分の夢には、マンダラは出てこない。世界の完全調和を象徴するマンダラの世界に入り込むほどの修行が足りないようだ。むしろ、恐ろしい夢ばかり、あるいは意味の分からない夢ばかり見る。ユング的な夢解釈は無理があるような気もしてきた。そもそもユングの夢解釈は脳医学の裏付けのない話であろうし、ユングが思弁的に作り上げた仮説である。もっとも仮説だとしてもとても面白い仮説ではあるが。

夢日記が危険というのは、「曖昧なものに言葉を与えてはいけない」という警告と解釈したい。夢というのは、酒や薬を飲んだりして、精神が不安定な時の状態と同じで、現実からかなりかけ離れている。非現実的なことに言葉を与えることは、それを現実化する方向であり、たいていは無理がある。芸術家ならば、それを芸術作品として昇華することも可能だが、一般人には無理な話である。

ふと、ベルリオーズの『幻想交響曲』を思い出した。最終楽章では、主人公の夢の中で、魑魅魍魎が次から次と現れるが、夢に言葉を与えるとはそのような魑魅魍魎を呼び寄せることに違いない。

ここで、まったく別の話をする。昨日のFox Radioで聞いた話である。ニューヨークのブルックリンでshopping for a secondhand graveという話題がでていた。墓場の場所(plot)が足りなくなり、a secondhand grave を購入する人がいるそうである。金に困って所有する墓場を売りに出す人から購入するそうである。もちろん売り手は売る前にclean the graveするのだ。つまり掘り返して家人の骨を処分して、中を空にして、買い手にその場所を渡す、とのこと。ふーん、アメリカではそんなことをしているのか。日本ではそんな話は聞いたことはないけど。

スポンサーリンク

夢日記は危険か?」への2件のフィードバック

  1. […] 卒業生から自分の夢は日記につけないほうがいいとアドバイスを受けていたことを思い出す。夢日記のページへ ネットを見ると自分の夢日記を丹念に報告しているサイトもある。夢日記には多くの人が関心を持っていることがわかる。 […]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。