美濃加茂市を再度訪問する。

美濃加茂市を8月12日に訪れて多文化共生係の方から国際交流のあり方について貴重なお話をうかがった。それは過去の記事に投稿してある。

実は、さらに知りたいことがあり、11月1日に同僚の先生と市役所を再度訪問して、今度は外国籍の子供たちの教育についてお話をうかがった。そして、初期指導教室である「のぞみ教室」を見学させていただいた。忙しい中、対応していただいた学校教育課の課長さん、教育長さん、のぞみ教室の担当の先生方、これらの方々へまず御礼を述べたいと思う。

教えていただいたことは以下のことである。8月12日の話を重なる部分もあるが、重要な点なので再度記述したい。

美濃加茂市は外国人集住都市会議に参加している。そして、2008年には「みのかも宣言」を出している。そして、多文化共生社会のあり方について、地方都市の進むべき方向を宣言したものである。

美濃加茂市はソニーの工場があった関係で、日系ブラジル人がたくさん働いていた。しかし、2013年3月に、ソニーEMCS「美濃加茂サイト」は閉鎖となった。そのために多くの従業員が職を失った。跡地は千趣会の物流倉庫となったのである。しかし、物流倉庫では、ソニーの時ほどの数の雇用は不可能で、必然的に多くの従業員が美濃加茂市を離れざるを得なかった。ただ、市役所側が予想していたよりは、多くの日系ブラジル人の方が市内に残ったそうである。

その理由として、美濃加茂市は日系ブラジル人のコミュニティーがあって、彼らには住みやすいインフラストラクチャーが成立していたことが大きな要因のようだ。美濃加茂市を拠点としてほかのところに働きに行くことができるそうだ。

学校での外国籍の子ども達への日本語教育は現在も行われている。通常の教員だけでは足りない分は加配の先生方、あるいは支援員の方々から助けてもらっている。

いろいろなお話をうかがった後で、車で10分ぐらいのところにある、「のぞみ教室」に案内してもらった。

古井(こび)小学校内に併設されて国際教室がある。正式の名称は「初期指導教室のぞみ教室」である。私たちが訪問したときは、十数名の子どもたちが学んでいた。それぞれの日本語に関する能力が異なるので、一斉授業という形ではなくて、それぞれが個別に分かれて先生方から指導を受ける。話しかけてみたら、日系ブラジル人とフィリピン人が多数を占めていた。

私たちが訪問していたときは、ちょうどフィリピン人のお母さんが子どもを連れて入室の説明を受けていた。これから数か月はこの教室に通い、慣れたところで、正規の学校に行くそうだ。平均して、3か月ぐらいこの教室で学ぶとのこと、そして、年齢に対応した学年に入るそうだ。つまり、10歳の子どもならば、小学4年生のクラスに入るのであり、たとえ日本語能力が不十分なので、小学2年生のクラスに行く、などということはないそうである。

子どもの中には、家庭の問題で学習に対する意欲を失っている子どもがいるそうだ。子どもの教育には、安定した家庭環境、それには安定した収入が必要だが、その点で労働環境のひずみが子どもに投影されることがある。その点で子どもたちへの支援を続ける先生方のご苦労があることと思われる。

最後にいろいろとお世話になった先生方へ再度お礼を述べておきたい。また、画像を示しておきたい。

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浜松版地域日本語教師養成講座でお話をする。

昨日は、浜松市地域日本語教師養成講座でお話をする機会を与えてもらった。浜松へは何回か行ったことがある。ここは、日系ブラジル人の方が多く住む町であり、多文化共生に向けて市全体が真剣に取り組んでいる町である。

当日は、やや早めに会場に入り、講座のとりまとめの担当をされたUさんとお話をする機会があった。Uさんによれば、浜松市にはたくさんの企業があり、そこで働く外国人のために日本語教室がいろいろと開かれているそうだ。ただ、6か月間ぐらいを想定したカリキュラムだと、外国人の方は続けられないことが多いようだ。だいたい、2,3か月ぐらいの想定で、週に2回ほどの授業である。3か月ほど教えると、24回ぐらいの授業で、ある程度の成果は上げられるようにカリキュラムが組んであるようだ。

また、スズキの工場があるので、合弁会社の関係で、インドからの働き手が結構いるそうである。その奥様が日本語教室に参加されたりするそうだ。自分には浜松は南米からの日系の方々が主に働いているという印象だったので、インドの方も多数いるというのは新しい情報であった。

さて、日本語教師養成講座であるが、自分は言語政策や言語保障について語ったのである。実はこの分野、たくさんの学説があって、しかも急速に発展している学問分野なので、ちょっとでも油断すると、自分の語ることは時代遅れの話になる。講演の依頼をうけてからは、自分が心がけたことはできるだけ最新のデータに基づいた話にすることであった。いろいろな統計を再度見たりして、古い話にならないように努力した。

さて、講演が終わった後で、カトリック教会に関係しているNさんからエスニシティに関する質問を受けた。地域で活躍されている方々はそれぞれ特有の問題に取り組まれているのだなと言う印象を受けた。

なお、浜松市の町は北口の方しか見なかったが、町並みが整理されて美しい町であるとの印象をうけた。住みやすい町であり、多文化共生へ向けて着実に進んでいる市との印象である。帰りは交流協会の方に駅まで車で送っていただいた。その方にもお礼を申し上げたい。

浜松駅、新幹線ホーム
浜松駅、新幹線ホーム
浜松駅前の通り、静かで落ち着いている。
浜松駅前の通り、静かで落ち着いている。

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憲法26条と教育基本法と外国人児童の不就学

憲法の第26条には以下のように記されている。

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
②すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

また、教育基本法には、

第五条  国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。

この場合の国民の定義であるが、日本国籍を持っている者と解釈される。それゆえに、外国人の児童生徒に対しての就学義務をどのように考えるか難しい点がある。文科省の見解は以下のとおりである

就学義務とは、日本国民である保護者に対し、子に小学校(特別支援学校の小学部を含む。)6年間、中学校(特別支援学校の中学部等を含む。)3年間の教育を受けさせる義務を課したものです。
 就学義務については、憲法第26条第2項で「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」と規定されており、また、教育基本法第5条第1項に「国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。」と規定されています。
 これらの規定を受けて学校教育法に就学義務に関する具体的内容が規定されています。
 学校教育法では、第16条で「保護者は・・・子に9年の普通教育を受けさせる義務を負う。」とあり、次いで第17条第1項で「保護者は、子の満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満12歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。」とされ、同条第2項で「・・・子が小学校又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満15歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを中学校、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。」と規定されています。
 なお、やむを得ない事由のため、就学困難と認められる者の保護者に対しては、市町村の教育委員会は、就学義務を猶予又は免除をすることができることとされています。(学校教育法第18条)
 また、就学義務を負う者は、日本国民である保護者であり、外国人の場合はこの義務は課されていません。ただ、外国人であっても本人が希望すれば就学させることができます。
 なお、インターナショナルスクール又はいわゆるフリースクールなどへの就学については現行制度では学校教育法第1条に定める学校への就学とは異なり、就学義務を履行していることにはなりません。

本人が希望すれば就学させることができる、との見解である。就学事務は地方公共団体の自治事務とされ、小・中学校への就学に関する事務は、市町村の教育委員会が行うこととされている。

問題は市町村の教育委員会の態度がいろいろと異なるのである。外国人児童の就学に対しては、さほど興味を示さない自治体、日本人に対するかのように、真剣に取り組む自治体などと千差万別である。しかし、徐々に、外国人児童も日本人児童と同じように就学の義務があると考える自治体が増えてきているようである。

言語保障

2016-09-12

言語保障という言葉がある。言語に関して人間が本来的に持っている権利を保障することと言ってもいいか。

言語に関する権利と言ったらどうなるか。日系ブラジル人の子どもが親と一緒に日本にやってきた。彼は何を考えるのか、そしてそれはどのように守られるべきなのか。また親たちも言語には不自由を感じている。それはどうすべきか。

(1)母語保持教育:日本社会の中にいれば当然母語は次第に忘れていく。子どもがある程度の年齢になって、故国の文化伝統が大切であることに気づいても遅すぎる場合がある。母語の言語文化に常に触れさせておく必要がある。

(2)就学の機会:現在の日本では外国籍の子どもの教育は義務教育ではない。行政は、外国人の子どもの保護者が通学を希望する時のみ受け入れるという方針である。西洋では、「不就学」という事実自体があまり見られない。それは、義務教育という基礎的な教育を受けることは人間の基本的な権利であり、国籍とは無関係と考えられているからである。

そこで問題になるのは、外国人学校に行くのか、日本の学校に通学するのかの選択が出てくる。言語保障とは、この場合のどちらでも選択した道が可能になるように努めることであろう。

(3)成人の場合:成人は働き手であり、工場などの労働者として勤務することが多い。工場などで、ある程度の日本語学習の機会を与えることが望ましい(研修生ならば日本語の学習が義務付けられている)。それが不可能ならば、地方自治体が成人向けの日本人学校を廉価で提供することが望ましい。

(4)成人が日本で生活していく時に感じる様々な言語バリアーがある。ゴミ出しの方法が分からない。病院へのかかり方が分からない。年金制度や介護保険が分からない。この「分からない」は日本語の理解不足に由来する。この場合は理解が十分であるように、日本人の側から(ここでは地方自治体)が言語サービスが提供されるべきである。


考えられる言語保障とはそのようなことか。言語話者を集団で考えて、少数民族の言語が圧迫をうけているとして、その民族の言語を保障することが一般的な言語保障と考えるが、個人での立場から考えることも重要である。

美濃加茂市の多文化共生係りにインタビューする。

2016-08-13

昨日は、美濃加茂市の市役所をお邪魔して多文化共生係りの方にインタビューをした。訪問したのは同僚の先生と私の二人である。私どものインタビューにお答えいただいたのは、係長さんと国際交流員の方の二人であった。お二人のお名前は明記してもいいかとも思うが、プライバシー尊重の観点から、ここでは名前を伏せておく。教えてもらった内容は以下のようなことである。

美濃加茂市は、工場も多く、そこで日系ブラジル人やフィリピン人などが働いている。現在は、人口の7.6%が外国籍の方であるという。ただし、この数字は昔はもっと高く11.2%に達した時期があった。しかし、リーマンショックを契機として日系ブラジル人の職場が減り、さらには数年前にソニーの工場の閉鎖があり、本国に戻る日系ブラジル人が増えて、現在は7.6%ほどの数字に落ち着いたそうである。なお、日系ブラジル人の数が激減したのに対してフィリピン人の数は微増傾向にあるそうだ。

美濃加茂市では、そのほかに、中国人とベトナム人が数百名いるが、この方々は研修生であり、年齢も若くて独身の人がほとんどである。この方々は研修が終わると本国に戻るという傾向である。この点は日系ブラジル人とフィリピン人が定住傾向を見せている点で大きな相違となる。

美濃加茂市の古井(こい)地区はソニーの工場があった関係で日系ブラジル人の方が多くて、太田地区はフィリピン人の方が多い、という傾向があるそうだ。なお、市役所がある地域は太田地区になるとも教えてもらった。古井地区に日系ブラジル人の方が多い理由は、そこがインフラが整っていることを理由に挙げられた。ブラジル人のための商店も多く、生活にするには便利になっている。

なお、外国人集住都市会議に、美濃加茂市は参加している。以前は、さらに、大垣市と可児市も参加していたが、両市とも外国籍住民の数の減少もあって、外国人集住都市会議のメンバー都市からは外れたそうである。

年金の支払いに関して、最近ブラジルと日本で社会保障協定が結ばれたそうである。それにより、日本で納めた年金がブラジルに帰国後に納める年金と継続性が出てきたので、人々が年金を納めるようになってきたという。

教育に関しての質問もした。不就学の児童の全数は把握できていないとのことである。それは、ブラジル政府公認のブラジル人学校があるので、そちらに参加する子供たちもいるので、子供達がどちらを選択したのかは不明な場合があることが理由だそうだ。また、外国人の子供に対するプレスクールがあり、そこで子供たちは日本の学校のシステムを学ぶ。日本の学校には、遠足、運動会、給食、掃除、PTAなどがあることを学ぶ慣れていくのだ。

子供たちに対する取り出し授業で日本語を教える国際教室もあるそうだ。それは、古井地区と太田地区の3つの小学校では、国際教室という形で子供たちに日本語の個別指導を行っているそうだ。

高校へ進学するのは美濃加茂高校(定時制がある)や東濃高校などが多いようだ。外国籍の子供たちの大学への進学状況は一番の難問は授業料という経済的な問題である。学生支援機構は奨学金を貸与しているが、独立採算制度になってからは、返済が確実に行われるかどうかが貸与をするかどうかの大きな基準になるそうだ。その場合は、日系ブラジル人の子供たちは不利な状況である。外国籍の高校生の進学の前に立ちはだかる大きな問題点として経済的な問題があることが見えてきた。

なお、母語保持教育は美濃加茂市では行っていないようだ。この点は私の調べた範囲でも少なくて、この点は今後の課題になりそうである。

私どもの質問に対して丁寧に答えていただいた市役所の二人の方に深い感謝の念を表したい。そして、美濃加茂市が多文化共生社会へ向かって着実に進んでいる姿をみて、感銘した次第である。

美濃加茂市の外国籍住民の比率の推移
美濃加茂市の外国籍住民の比率の推移

言語政策を国際比較する。

2016-07-20

言語政策は国より、時代により異なる。その意味では、抽象的で純粋な言語政策はなくて、常に地理的・時代的な制約を受けて存在する。日本でも、明治期、戦前、戦中、戦後とそのときに行われた言語政策は異なる。なお、江戸時代より以前は、言語政策が自覚的に行われていたかは疑問だ。徳川政権では何も言語政策的なことを行わなかった、と断言してもいいだろう。

明治期ば、国家形成の時期である。当時は、国内における方言差が大きくて地方出身者同士でも意思の疎通が出来なかったことがあった。効率的な国家運営のために共通語を作り上げようとしたのである。その政策は学校教育を通して推進されて、程なく国民同士の間での意思疎通は可能になった。このような言語政策もある。

国家が植民地を持ったならば、いろいろな言語政策が考えられる。間接統治ならば、植民地に支配階級を温存して彼ら経由で植民地を支配させる。イギリスがマレーシアを支配した方法である。直接統治もある。支配階級を置かないで支配国が直接支配するのである。後者の場合は自らの言語を被支配下の住民に普及させる必要がある。アメリカがフィリピンを支配した方法がそれに該当する。戦前、戦中の日本は植民地に対して皇民化政策をとり、日本語の普及を行った。

戦後の言語政策の一つとして、文字の改革があげられる。これは日本政府が行ったのではなくて、GHQの指導の下に行われた。漢字の簡略化、歴史的仮名遣いから現代づかいへと改められた。

現代では、言語政策のあり方として、多文化共生社会をどのように可能にするか、そのための手段として言語政策があるのだと考えられる。日本では外国人住民の数が増えている。言語のために外国人住民が不当な利益を受けることは望ましくないという認識が生まれている。日本語がよく分からない外国人住民のための言語サービスの提供などがその例である。

また、観光客のための多言語サービスも言語政策の一つに挙げられよう。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、数多くの外国人観光客の到来が予想されている。この観光客が言語の面でできるだけ快適なサービスを受けられるように言語政策が行われている。

外国人集住都市

2016-06-23

外国人集住都市とは、外国人、特に南米からの日系人が集まる都市である。バブル期の日本は工場で働く労働者の不足が目立つようになり、1990年の改正入管法をきっかけに日系人の受け入れが始まった。そして次第に太平洋側の都市を中心に南米からの日系人が多く集まるようになった。これらの都市を、「外国人集住都市」と呼んでいる。

なお、浜松市の呼びかけで、日本国内の外国人が多く住む街の自治体や国際交流協会などが集まり、外国人住民が多数居住する都市の行政と地域の国際交流のために、外国人集住都市会議が、2001年(平成13年)5月7日に設立された。

外国人集住都市会議では、ニューカマーと呼ばれる、南米系日系人を中心とした外国人市民が多数居住する都市が抱える諸問題、互いの外国人住民に関わる施策、活動状況に関する情報交換を目的としたものである。なお、各地域で顕在化しつつある様々な問題の解決を図ることが最大の目的である。

なお、会員都市は次の通りである(2015-04-01現在)。

【群馬県】 伊勢崎市 | 太田市 | 大泉町 

【長野県】 上田市 | 飯田市

【岐阜県】 美濃加茂市

【静岡県】 浜松市 | 富士市 | 磐田市 | 掛川市 | 袋井市 | 湖西市 | 菊川市

【愛知県】 豊橋市 | 豊田市 | 小牧市

【三重県】 津市 | 四日市市 | 鈴鹿市 | 亀山市 | 伊賀市

【滋賀県】 長浜市 | 甲賀市

【岡山県】 総社市

オブザーバー

【東京都】 新宿区 | 大田区


現在、私は岐阜県に在住するものだが、2012年4月1日現在では、大垣市と美濃加茂市の二つが参加していた。しかし、現在は美濃加茂市だけである。同市は外国人の比率は7%ほどであり、他の集住都市とくらべても、かなり高い方である。なお、一番高いのは群馬県の大泉町であり、15.7%である。ブラジル人の多い市として、全国的にも有名である。