夢の解釈

2016-04-20

自分は夢を見たあと、しばらくボーッとして、何故こんな夢を見たのか考えることがある。

今朝の夢は、みんなで古いテーブルをひっくり返していたら、裏の板目に数センチの穴が空いていた。その奥に百円玉が見える。手に取ってみると、確かに本物の百円玉だ。まだあるようだ。手を入れて、何枚か取り出す。目をこらして奥をみると、まだありそうだ。汚れているが、五百円玉まである。苦労して取り出す。うれしい。さらには、外国の硬貨まである。女王の横顔が彫ってある。フローレンス硬貨だと、人々が言う。自分は聞いたことがないが、英語圏の硬貨だろう。

そんなことで、かなりの数の硬貨が集まった。20枚ぐらいか、その中には、一円玉や十円玉まで混ざっている。それから、夢の続きがあるようなのだが、自分にとっては印象の一番強いところしか覚えていない。夢とは一体何なのだ。

これは自分だけの考えだが、人類の夢は太古の時代の、人類が魚類やは虫類や小動物だった頃の記憶が残っている。であるから、自分が見る夢は、ある部分は普遍的な人類全体が持っている夢であるし、ある部分は私の個人的な経験から生まれた夢である。これらの夢が結合して、毎日現実に見る夢だという風に考えるのだ。

夢の謎を解き明かすことができるならば、面白いだろうな。

photo credit: Loose change via photopin (license)
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今朝見た夢を考える

2016-01-24

今朝、次のような夢を見た。自分が図書室にいる。自分は図書室の管理係のようだ。すると女子学生が一人来て、「母親が住井すゑの小説『橋のない川』を第5巻まで読んで泣いて感動した。続きの第6巻を探している。貸して欲しい」と私に頼む。そこで奥の部屋に入ってその本を探す。『橋のない川』の第6巻を見つける。そして取り上げるとその本が他の本に変化してしまった。不思議に思うがどうも他の本になってしまった(自分が目覚めた直後は変化した本のタイトルを覚えていたのだが、こうしてパソコンに向かうと、そのタイトルを忘れている)。仕方ないので、見つからないと謝る。すると、その女子学生はがっかりしたような顔をして去って行った。

そんな夢だった。自分は『橋のない川』は1巻か2巻までしか読んでいない。被差別部落の人々に関する小説で、内容はそれなりに感動的であったが、この数十年は、思い出したことはない。なぜその本が突然自分の夢の中に現れるのか。

自分の夢は、全然考えたこともない事象が突然現れたりする。つまり自分が想定できる範囲を超えた話が夢の中で出てくる。それで不思議に思うのだ。なぜこんな夢を見るのか。普段の自分の生活とは全く関係ないではないか。

自分は超自然的な現象は信じない。神からのお告げだとか、神的な存在物からのメッセージを受け取っているなどとは考えない。

これは生物学的に考えるべきだと思う。自分の先祖たちの記憶が自分の脳に残っている。先祖とは、さかのぼって原人類、猿、哺乳類、爬虫類、両生類、魚類へと、そしてさらに、さかのぼりやがてはアメーバに至るまでの記憶が自分の中に刻み込まれていると考える。それは本能とも結びつくのだ。

日常生活では、意識はコントロールされており、太古の記憶は出現しないのだが、夢の中ではコントロールが弱まり、太古の記憶が現れると考える。あるいは目覚めている時でさえも、太古の記憶はある程度は我々に関与している。

例えば、恐竜映画であるが、『ジュラシックパーク』は人気である。我々の先祖が哺乳類であった頃、中生代は、巨大な爬虫類である恐竜に追いかけ回されていた。その記憶は残っている。そのために、形は小さくなっても、爬虫類である蛇やトカゲやイモリなどを見ると恐怖を感じるのであろう。しかし、他方ではその中生代を懐かしいとも感じている。『ジュラシックパーク』を見ると、恐怖を感じるが同時に何か懐かしいという感じを抱くのはそのためであろう。

私はよく高いところから墜落する夢をみる。人類は基本的に平地を歩くのであり高いところから墜落することなどはめったになかったと思う。しかし、猿の時代に、高い木の上で過ごしていた我々の祖先にとっては、墜落とは常に直面する危険であった。猿の一生は常に「落ちないように」と意識していたに違いない。猿の時代の恐怖の意識が、私の夢の中に現れると考える。

こんな風にして、夢を見ると、自分の先祖たちのどの体験や意識につながるか考えてみる。この夢は魚類だった頃の体験につながるとか、両生類だった頃の体験か、どの時代の記憶と夢がつながるのか解釈を試みている。

さて、今朝の夢の中に出てきた『橋のない川』はどのような太古の記憶とつながるのか。これはまだ、つながりはよく分からない。

photo credit: Anolis sp. via photopin (license)
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変な初夢を見る。

2016-01-03

初夢とは、1月2日か3日にかけて見る夢をいうようだ。自分は朝方に夢を見た。内容は次のようである。

ある学生(Tさん)が成績の履修のことで相談に来る。成績が悪いので、私の科目の履修を取り消そうと考えている、と言う。私は履修を続けるようにと説得したいと思って、成績簿を取り出そうとする。すると見つからない。右手の棚にいつも置いてあるのだが、どうしたんだ?と不思議に思う。たしか背表紙は黒色だったので目立つはずだがと考える。

もしかしたら、コクヨのA4サイズのこのノートが成績簿だったかな、と、それを取り出してみたりする。私の殴り書きが記してあるだけだ。私が焦って成績簿を探しているので、学生のTさんは不信感を募らせたようだ。「履修の取り消しをする」と強く言い張る。私は「成績簿はどこに行ったのだ?あれがないと今年度の成績は出せないではないか。これはピンチだ」とますます焦る。

なぜか、同僚の教員の間でも私が成績簿をなくしたことが知れ渡ったようで、陰口が聞こえてくる。自分自身に「落ち着け」と何度も言って、何度も何度も成績簿を探すが見つからない。「わー、弱ったな」と思っていたら目が覚めた。夢だったのだ。「よかった」本当に安堵感を覚えたのであった。

これが私の初夢だ。初夢は縁起もので、富士山や鷹や茄子が出てくると縁起がいいとされているが、「成績簿」はどうなのか。

私は常に「大事なことを忘れるのでは」という恐怖心をいだいている。昨年は7月3日に「手帳が見つからない」の中で、手帳をなくして困った話をした。幸いにも見つかったのだが、自分の職業にとって、手帳とか成績簿は大変重要である。これをなくしてはいけないという思いでこんな夢を見るのであろう。

私はこの数年、ものを忘れないようにという工夫をしてきた。常に手帳を持って、スケジュールはどんな細かいことでも手帳に書き込む。毎朝、手帳を広げてスケジュールを確認する。しなければならない仕事は一覧表にして、手帳に挟んで常に確認している。

商売柄、学生が卒業論文の相談などに研究室に来る。アドバイスや質問をすると、「先生、先週、全く同じ質問をしましたよ」と言われることが多くなった。その対策として学生との相談の時は、大きなノートを広げてその概要を記録するようにした。学生が予約制で来室するときは、事前にノートを読み返しておくので、以前と比べると「同じ質問をしている」という苦情は少なくなった。

このブログを立ち上げたのも、日々の出来事を記録しておきたいという思いからである。時々ブログを読み返すと細かいことまで想起できてとても便利である。

「忘れてはいけない」という強迫概念に近いものを私は常に持っている。私の母がそうであったが、外出するときは何度もガスコンロなどを消したか確かめる。外出してからも急に心配になり、10分ほどかけてまた戻ってきて確かめたりする。

私も遺伝のせいか、研究室で電気ストーブのスイッチを何度も確かめる。消したと分かっていても何故か確認しないと気が済まない。

さて、私の初夢の解釈は、「忘れ物をしないように気をつけろ、何でも記録して、記録したものをなくさないようにしなさい」との神様からのメッセージだと思う。これさえ、気をつけておけば「今年は無難な年」になるのだと思う。

photo credit: Sleepy Monkey via photopin (license)
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タバコを吸う夢を見た。

2015-12-13

今朝は変わった夢を見た。自分がタバコを吸う夢だ。タバコはカードのような形だ。みんなカードをくわえて吸っている。自分も吸ってみることにしたが、火のつけ方が分からない。すると横の人がカード読み取り機みたいな装置を指差した。どうやら、それを使うらしい。

何回かタバコカードを差し込んでゆっくりと引いてみたが着火しない。横の人が「ゆっくりと全体にまんべんなく力を入れるようにして引いていくと火がつく」と教えてくれた。2,3回ほど引いてみると、見事に火がついた。

それで自分は大いに満足して、カードをくわえる。不思議なことに煙が吸えてタバコの味がする。まあまあ美味しかった。

これは今朝の夢の話である。この夢の前後にストーリーがあったのだが、それは忘れてしまった。目が覚めてから、この夢のことをしばらく考えていた。何でこんな夢をみたのか?タバコを吸いたいと思ったことはないし、ましてやカードとタバコを結びつけるなんて考えたこともない。カード読み取り機をライターのように使うという発想も自分ではあり得ない。自分の頭の中の持ち駒ではこんな話は作れない。不思議だ。

夢とは何か大きなクラウドから入手したものではないか。人類の持つ大きな集団的無意識がどこかに存在する。寝ているとそこにアクセスをする(どのような手段を使うかは分からないが)。そして、そこから夢の材料を得てくるのではないか。自分では考えつかないような奇想天外な夢を見るたびに、この素材は自分の中にはなくて、どこか集団的無意識というクラウドから、素材を借りてきたのだと感じるのだ。

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夢の中で水を売る

2015-09-27

昨日こんな夢をみた。夢の中では、自分は水販売の営業マンになっていた。水の販売員だが、多分ミネラルウオーターか浄水器のセールスマンであり、自分は20歳ぐらいに若がえっていた。

若い自分に対して、上司の人がいろいろと水の売り方を教えてくれていた。自分が水の売り方の企画を提案すると「こんなのではダメだ」と叱りつけてくる。自分の企画は「若いモデルさんに水をなみなみ注いだグラスを持ってもらい、我が社のおいしい水をどうぞ、と微笑んでもらう」というコマーシャルの企画である。

「コマーシャルならばモデルさんが宣伝の水が美味しいというのは当たり前ではないか、それでは消費者は信用しない、もう少し信頼性を高める企画をしろ」と言われた。上司は例を示してくれた。「街を歩いている歩行者を何人か呼び止めろ、忙しいと断る人がいてもいいからそれもCMに載せろ、そして止まってくれた人に水を飲んでもらい感想を聞け、美味しいと言ってくれた人はもちろん載せろ、ほんの少数でいいから、ネガティブな発言した人も載せろ、そうすると現実味を帯びてくる」である。なるほどと自分は感心して聞いていた。

さらに上司は次のようなCMの提案をしてきた。「道行く人に二つの水を飲んでもらう。一つは水道から直接に取った水である。もう一つは我が社の浄水器を使った水である。歩行者に両方飲んでもらい、感想を聞け。そしてその感想を正直にCMに載せろ、少々否定的なコメントがあっても構わない、その方が本当らしく聞こえて、売り上げは上がる」であった。

自分は感心して聞いていた。しばらくして夢から覚めた。今までの自分の見る夢はたいてい荒唐無稽で、目覚めてから再生しようとしても話が繋がらないものが多かった。しかし、今自分のみた夢はあらすじは通っていて、容易に再生できる。

不思議なのは自分は今までに水やミネラルワオーターの販売にまったく関心がなかったことだ。浄水器の販売などにも全然興味がなかった。

そんな自分がなぜこんな夢をみたかだ。そして、上司はかなり核心をついた内容を述べていた。なぜこんな夢を見たのかとしばらく考えていた。おそらくこの数日の経験が素材になっているのだ。この数日の自分が見聞きしたことを重ねるとこんな夢になってくるかもしれない。

  1. 先日イオンに行った時に、caferrante というお店で無料のコーヒーを飲ませてもらった。自分も紙コップに注いでもらい飲んだが、かなり美味しいと思った。無料で飲ませる方法は販売促進としては有効な方法だなと感じたのである。
  2. 二日ほど前に学生と話をした。学生は卒業後は企画の仕事をしたいと言っていた。衣料品の販売企画である。仕入先を決めたり、宣伝の仕方、販売ルートの開拓をしたい、と熱っぽく語っていた。学生の夢が叶うように、自分も精一杯のアドバイスをした。
  3. このところ巷でフォルクスワーゲン社の燃費の不正工作の話が話題になっている。検査の時だけ排気ガスが基準を満たすようにエンジンにソフトが組み込まれていた事件である。今ドイツでは大騒ぎになっている。販売促進のために不正が許されるかどうか。それと関連してCMではどれくらい事実を曲げることが許されるのかという問題を自分でも考えていた。
  4. 自分の英語学習のサイト「英語にチャレンジしよう」で、informercial という語を数日前に紹介した。この語はinfomation とcommercial から合成された新造語である。消費者にCMで単に「素晴らしいからこの商品を購入してくれ」と言うだけでは購入しない。新商品に関する情報を提供して、消費者に納得させて購入を促す方法である。サイトのそのページを書く時は自分でもいろいろ調べ、さらに商品の売り方はどうあるべきか自分なりに考えてみた。

このような、この数日の自分の経験が重なって水販売の夢を見たわけだと思う。上記の4つの体験が複合して、夢の中で再解釈されて、自分は水のセールスマンになった。そんなことのようだ。

素材集パクタソより
素材集パクタソより

夢についてのたくさんのサイト

2015-08-20

1年ほど前だが、学生と夢について話していたら、夢を日記につけてはいけないという考えがあることを聞いた。そのことについて自分は2回ほど、昨年の10月30日11月5日に投稿している。それ以来何かと「夢日記」については気になっていた。

今日は夢日記について書かれたサイトをいろいろ調べてみた。それで幾つか報告をする。まず、ツイッターで参加者たちが自分の見た夢を報告しあうサイトがあった。それは「ハッシュグタ#夢日記」(https://twitter.com/hashtag/夢日記)であった。

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このような形式で人々が投稿し合っている。しかし、互いに相手の夢の内容についてコメントしあうということはなくて、単に投稿するだけである。このようなサイトの存在は興味をそそる。このサイトは、データを集積することで意味があるだろうと思う。

そしたら、アメリカでは人々の夢を集めてデータ化している研究者がいることを知った。Schneider & Dornhoffの両名が DreamBank なるサイトを構築している。

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それによれば、7歳から74歳までの人の夢20,000事例を集めたそうだ。ここでそのサイトを若干紹介する。まず夢の事例を選ぶ画面に行く。そして、項目を選択してクリックする。

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ここでは Barb Sanders という中年女性?の見た夢について”love” という語で検索をする。すると、次のような内容の夢が出てきた。

I am sitting around minding my own business and a young man (like Bob, coast guard) decides he likes me. He follows me around a lot; he decides he’s in love with me. I am a little annoyed. He’s like a puppy, always underfoot. He follows me around. His mom doesn’t approve. Then I’m a member of a group of people (about 4 or 5 of us). We are sitting on a bench facing another group. We are diplomats/entertainers. A Prime Minister and his wife get up and dance a cute dance around. They are dancing the other group’s native dance (like a minuet or country dance of England). I am watching. Then a guy (Howard/Arthur) grabs me and says, “Here, it’s like this,” and he and I dance the dance. I hurt as I try the steps going up to the platform, and feel embarrassed. I get back to the bench. I am annoyed with him for not warning me so I could practice. Now I’m lying face down getting a massage, next to a woman like Bette Midler. We are talking. She asks if I was upset and I say, “Ya, he should have given me time to practice, because I didn’t like losing face.” Then we’re watching a guy called the “Roman slave,” dancing. He wears a Roman toga and a “slave token” on his ear, a ceramic painted stone on a leather thong. A man/woman dances around him. As the man/woman dances, he moves his finger subtly into the gesture of the “finger.” He puts the finger gesture of each hand into the belt loops, one marked “h” and threw the other marked “f.” It was done like a strip tease. The group screams and laughs in delight at his audacity and subtlety. (297 words)

内容は、若い男に迫られているとか、総理大臣と妻がダンスをしたのを見たとか、ローマ時代の奴隷が出てきたりと、夢特有であるが脈絡がない。

日本とアメリカの夢日記のいくつかを簡単に読んでみた感想だが、性的な内容に関して、アメリカ人はかなり自由に記述している。おそらく、性的な夢を見るのは、日本人もアメリカ人も同じ頻度で見るのであろうが、日本では匿名のブログでも露骨に報告するのは避けられている。しかし、アメリカでは、名前を明記した報告でも、かなり正直に報告している。

二つの文化における夢日記報告からも文化の違いが見えてくるのは面白い。しばらくこのテーマを追ってみたいものだ。

夢が実現する

2015-07-12

「夢が実現する」という言い方がある。自分にはどうもぴーんとこない。自分が見る夢はたいていは怖い夢が多いからだ。今日の朝は変な夢を見た。大きな横断歩道を自分が歩いている。信号がチカチカしてもう青信号から赤信号に変わろうとしている。自分に急げと声をかけても、なかなか体が麻痺したようで進まない。左右から車が近づいてくる。恐怖だ!急げ、急げ、万事休す、と思ったら、目が覚めた。

今まで楽しい夢を見たことはほとんどない。先日は高いところに登っていく。アベノハルカスの天辺のさらにアンテナみたいなところを登っていく。そして、頂上まで来たら、降りる階段がないことに気づいて、途方にくれる。

昔、ゼミ生と夢について話し合ったことがあった。ゼミ生は時々は楽しい夢を見ることがあると言っていた。自分はいつも怖い夢しか見たことがないと言ったら、ゼミ生たちは、おかしいと笑っていた。うーん、そうなのか、自分は楽しい夢を見たことはないが、自分は変なのか?

英語の授業でよくHis dream came true. を「彼の夢が実現した」と訳させるが、自分は首を傾げてしまう。私の夢などは、魑魅魍魎が沢山現れてくるので、実現したら、それは怖い話だ。であるから、この文を和訳するときは、「彼の夢が実現した」よりも「彼の願望がかなった」とするほうが私には受け入りやすい訳文である。

photo credit: Illustration for Green Mansions by Keith Henderson - c.1930 via photopin (license)
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