物忘れが激しくなる

2015-10-16

今日の3限の英語の授業は少人数のクラスである。そこで、学生の I さんとお話をした。英会話の練習だが、英語で何気ない話から始めた。

「Iさんはパートタイムの仕事をしているそうだが、その給料は振り込みか手渡しか」と質問した。I さんは私が先週まったく同じ質問をしたという。えーつと自分は驚く。物忘れが激しくなったのだ。

そして、話題を変えて、「どのような俳優のファンか」と聞く。小栗旬という俳優が I さんの好みだという。そして、わたしはゼミ卒業生が研究室に訪問した時に言及していた星野源という俳優のことを思い出して、「星野源という俳優は好きか」と聞いた。Iさんはその俳優は知らないと言う。

そして、I さんは「先生はそれも先週まったく同じ質問をした」と呆れる。いや、私はまったく覚えていない。そうかな、でもそう言うのだからそうなのだろうな。

話題をさらに変えて、通学はどうしているか尋ねる。毎日、バイクできているそうだ。そして、今自分の愛用はモペットというバイクだという。値段は10万ぐらいで、いままで事故は起こしたことはないと言っていた。ーー幸いなことにこの話題は初めての話題だったようだ。

本当にすぐに何でも忘れてしまう。自分が心配になったのは、ブログも同じ内容を書いているのではないか。このブログの訪問者の人はまた同じ内容だと呆れているのではないか、そのことが心配になった。

I さんには「年を取るとすぐに忘れっぽくなる。若い時は何でも覚えるのだから、今しっかり英語を勉強していると一生の宝になる、頑張って」と言って私は何とか格好をつけて英会話の練習を終えた。

photo credit: Sv650 via photopin (license)
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手帳が見つかる(嬉しい)

2015-07-28 先日、手帳をなくした話をした。それが何と今日見つかった。嬉しい。なくしたのは7月3日だから、25日ぶりの再会となる。研究室の書棚の本の上に置いてあった。なぜ、そんなところに自分が手帳を置いたのかまったく不明である。何か調べ事をしていて、手帳に書き込んでいたところ、急に人が来たとか電話が鳴って、それに対処していて忘れてしまったということだろうか。まったく分からない。しかし、まあ、よかった。 たとえて言えば、恋人に振られてショックでふさぎ込んでいたところに、恋人から電話が掛かってきて、「また付き合ってあげるわよ」と言われたような感じだろうか。天にも昇るような気がする、とちょっと大げさに言ってみる。 思い出せば、メールとか、クレジットカードなどのパスワードなどを手帳に書いてあったので、なくした日の夜は大急ぎですべてパスワードを変えたのである。かなりの数のパスワードを変えることで大騒ぎをした。 手帳、時計、財布、スマホ、めがね、定期など、忘れてはいけないもののチェックリストを作り、出かける時、常にそれらを参照しておこうと思っている。それが年と共に忘れっぽくなった自分自身の防衛策であると思う。

パクタソから
パクタソから
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質の高い寝たきり生活は可能か?

2015-01-18

この一週間は慌ただしかった。ずっと風邪をひいて体調不良でやっと治りかけたと思ったら母の死と葬儀があって、この一週間は自分が自分でないようだった。

ネットを見てみても、肉親の介護、そしてどのように看取るかについて色々な方が報告をされている。自分の母親の場合は、だいたい日本の多くの高齢者の最期の迎え方と同じであったことが分かった。ネットを書かれた方の多くは自分と同じように親の治療方針(延命方針)についてお医者さんからアドバイスをもらったり、家族で相談したりして、決断をされているようだ。

自力で食事ができなくなった時から、次はどうするかという判断になる。(1)何もしないでそのままにする、(2)胃瘻をおこなう、(3)点滴をおこなう、などがあるようだ。母の場合は、医者からのアドバイスで胃瘻という方法をお願いした。胃瘻の場合は、平均余命は2年ほどとのことだが、母の場合は、1年半ほど生きることができたのである(平均よりも少々短かったが)。少しでも寿命を伸ばさせてもらったことで感謝している。

胃瘻はアメリカで1980年代に開発された方法のようだ。この方法のおかげで母は少なくとも1年半は寿命をプラスさせてもらった。ただ問題は、生活の質の問題である。寝たきりになってからの生活は何が楽しみなのかと思ってしまう。母に退屈しないかと聞いたら、「病室に色々な人が来るのでその話を聞いていると退屈しない」とよく答えていた。食べる楽しみがなくなってしまった母は、週に2回ほど入浴させてもらったこと、看護師さんから声掛けをしてもらったこと、見舞いに家族が来て何か話していくこと、それを楽しみに生きていったのかと思う。

寝たきりの高齢者の生活の質を高めること、そんなことは可能だろうか。寝たきりの高齢者は多少なりとも認知症が進む。頭脳が相変わらずはっきりしていたら、死について考えることが多くなり憂鬱になるだろう。しかし、認知症が進むことは、死の恐怖を感じることが薄れるのであり、その意味では好都合である。質の高い寝たきりの生活は可能かーーー不可能だろうな。

重度認知症への考えかたの違い

2012-12-29

『超高齢者医療の現場から』を読んで参考になったところを何点か示す。p.149に「物盗られ妄想」の説明があった。母も財布を病院のベットの下に縛り付けておいて、頻繁に数えていたことを思い出す。

p.190には、「米国では高齢の意識障害者や重度認知症患者には胃カテーテルによる経管栄養や胃瘻の手術などは行わないのが通例で」とある。p.220では、日本では特養では死ぬまで入所して、その期間は平均4年以上だが、アメリカのホームでは、25%が入所して1ヶ月以内になくなり、半数は半年以内に亡くなるとのこと。それは重度認知症の患者に対する考え方の違いで、アメリカでは、誤嚥性肺炎が疑われても抗菌剤や経管栄養を行わないそうである。

このあたり、アメリカは割り切りがすごいなと驚く。日本ならば、なんとか生命を伸ばしてほしいと考えるが、文化の違いなのか。

次に、『高齢者医療難民』という本を読み始める。この本は医療制度自体の問題点について述べてあり、また違う視点から見えてくるようだ。明日以降に内容を報告する。
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今日は「イオン高の原」というところに行ってみる。精華町の近くにある。初めて行ったのだが、そんなに新しい建物ではない。10年以上も前に建てられたようだ。

気になった点が一つ、エスカレーターの速度が上る時と下りる時では異なるように感じる。下りる時の方が緩やかな速度のようだ。どうしてか。下りるときに速い速度だと危険なのか。あるいは自分が単にそう感じただけかもしれない。明日はストップウオッチを持ってその速度を測って比較してみたい。

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『超高齢者医療の現場から』

2014-12-29

昨日購入した『超高齢者医療の現場から』を読んでいる。読んでいくと気が滅入ってくる。現在の医療システムでは、これからの超高齢者社会が立ちいかなくなっていくことが分かった。資金不足、医師や看護師の不足、などである。

特養への入所希望者が多くてなかなか入れないという現実がある。この本の中には、さまざまな施設にお願いしても、わずかの期間しか預かってもらえずに、家族が疲弊した例が数多く挙げられている。一般病床と療養病床があって、現在の医療システムでは、前者は入院が長くなればなるほど病院側の収入が減り経営が苦しくとのことである。後者は収入は安定しているが、本格的な治療は受けなれないようである。

母が入院した場合でも、出来るだけ早く退院するようにと強く迫られる場合があったが、これは病院の種類によって違いがあったようだ。社会的入院をできるだけ抑制しようとする国の政策である。

母のことを時系列的に思い出す。はじめは夏に脱水症状で倒れているのは近所の人が発見してくれて、それから、総合病院、ショートスティのホーム、能登島にあるケアハウスと移った。このケアハウスでは比較的長く入所していたが、次第に自力では動けなくなり、退去しなければならなくなった。京都のアパートの一室が空いたので、そこに3年前の5月に引越しをしてもらった。そこで、家内と私の二人でその部屋に入っては食事や洗濯などで母の面倒をみていた。

夏ぐらいにはまた脱水症状が強くなり、動けなくなり一ヶ月ほど近くの病院に入院したが、結局は、施設を探すことになった。大阪に有料の老人ホームがみつかり、そこに入所することになった。毎月かなりの費用がかかり金銭的には苦しかったが、それでも母の食事、洗濯、風呂などの面倒を見ることと比べると、こちらの方がいいと思った。一番困ったのは、夜寝ているときに、オムツが外れて、朝になると、排泄物がベット一面に広がっている時だった。朝の忙しい時だが、シーツやオシメを急いで取り替えて、それから職場に急いだ。家内は子供達の食事や弁当の準備でそちらも大忙しだった。

大阪の老人ホームでは専門家の人たちのケアで母はかなり回復したようだった。そして、同じ系列の京都のホームに次の年の2月ごろに引越しして、よく訪問することができるようになった。しかし、夏頃に、軽い脳梗塞を起こして、入院したが、お医者さんからはもう、食事で口からの栄養補給は難しいとのことで、胃瘻という形で栄養補給をすることになった。

そのお医者さんの紹介で近くの施設に入った。『超高齢者〜』に出てくる事例は、よく退院してからの次の場所を探すのに苦労した例があるが、母の場合は、要介護5であり、胃瘻と痰の吸引が必要なこともあり、比較的 楽に次の施設を紹介してもらえた。要介護が1,2ぐらいの人の場合はまだ元気と判断されて施設を見つけるのが難しいようだ。

その施設で比較的に長くいたが、痰が詰まるようで酸素の取り入れが難しくなり、系列の一般病床に入れてもらったが、一通り症状が落ち着くと、現在の療養病床に転院することができた。

『超高齢者医療の現場から』という本だが、5年前に読んだら、まったくピンとこなかったろう。今は、自分の体験と重なりよく理解できる。とにかく暗い気持ちになった。日本が直面している最大の問題は、失業やエネルギーや原子力ではなくて、超高齢者社会の到来であることが分かった。医療制度、年金制度、介護制度などが崩壊の寸前であること、そして、自己責任という言葉で、真に困っている人々が見捨てられそうであること、も分かった。自分の時にはどうしたらいいのか、準備をしておくに早すぎることはないようだ。

パルスオキシメーター

2014-12-28

今日は近くの古本屋に行って、本を二冊ほど購入する。それぞれが200円で税込でトータル432円払う。『超高齢者医療の現場から』(後藤文夫、中公新書、2011年)、『高齢者医療難民』(吉岡充・村岡正泰、PHP新書、2008年)である。

『超高齢者医療〜』を少々読む。いろいろな患者の例が示されていた。執筆者はお医者さんのようであり、自分が経験したさまざまな患者さんとその家族の話が紹介されていた。特に、身元引き受け人の間での看取りに関する意見対立の例などが興味ふかい。

終末期の患者への延命治療(人工呼吸や心臓マッサージ)などについては、医療関係者の間でも合意ができていないようだ。自分の家族ならば、たしかに、できるだけ長く生きてほしいが、単に苦痛の時間を伸ばすだけならば、むしろ止めてほしいとも考える。ケーズバイケースで一般的にどちらがいいとも言えないのだろう。

あと、これから増えてくる、身寄りのないお年寄り、身元引き受け人のいない高齢者をひきうける制度が必要だと考える。結婚しない人、外国人などには、身元引き受け人が見つからない。現代では、養護施設への入所や病院への入院は保証人・身元引受人が必要だが、本人が希望すれば、これは公的な機関が代行してくれるようになってほしいと考える。

色々と参考になることが書いてある本なので、数日この本を読んでみたい。
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母の病室を見舞う。看護師さんが母の痰をチューブで取っている。指先につけた器具の数値を読みながら、チューブで取っている。数値が100だと酸素の吸収が十分であるので、その数値が100になるまで、痰をとって呼吸を楽にするそうである。数字が98~100ぐらいの数値を示すので、看護師さんに聞くと、酸素をチューブで取り入れていない状態でこのような数値は望ましいが、はずすと70~80ほどの値だと教えて貰った。

ネットで調べると、これは、酸素飽和度計(パルスオキシメーター)といって指先に光をあててその明るさから血管の酸素量を測定できる装置のようだ。

自力でできない排便

2014-12-14

朝早くに次男が模擬試験を受けるので会場まで車で送る。その帰りに母の病院に立ち寄る。母はかなりやせて目をつぶっている。 声を掛けると、なんとか目を開けるが 何の返事もない。再度、声を掛けると何とか声を弱々しく声を出す。なんと言っているのかは分からない。 息子が来たことは分かっているのか。手の甲は点滴の跡でかなり内出血している。広範囲に紫色になっている。

看護師さんが来たので、様子を聞いてみた。血管が細くなってきて、手の甲からの点滴も難しくなっている。お腹の血管に点滴を入れているそうだ。(点滴はお腹の血管にも行うことができるようだ)だだ、薬だけは胃瘻で入れているそうだ。 母は日によって元気だったり、元気がなかったりするそうだ。また午前中は眠いのか反応はよくないが、午後は結構話をするそうだ。そんな話を教えてもらった。

しばらくすると、別の看護師さんがきて、浣腸を行うとのこと。母は筋肉も弱り、排便も自力では出来なくなっている。看護師さんが毎朝、浣腸を行っている。以前いた病院の時から、自力での排便は無理で浣腸に頼っている。病院には本当にお世話になっている。

帰りの車の中で、何だか憂鬱になってきて、考え込んでいたら、後ろから警笛が聞こえた。目の前の信号が青いなったのに気づかなかったようだ。午後は家内と映画でも見ようということで『ホビット』を見ることにした。長男にも「一緒に行こう」と声を掛けたのだが、断られてしまった。 子供達は、もう親と出歩くことは好まない。老夫婦だけの外出が続く。