中国

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中国の年表
1902:中国において近代的な学校制度が始めて定められ、清朝末期に、「欽定学堂章程」が公布された(実施には至らなかった)、その規定する壬寅学区制であった。(楠山2008:142)

1904: 「奏定学堂章程」の規定する「発卯学制」が定められた。(楠山2008:142)

1905: 科挙が廃止された。

1915: 袁世凱は義務教育の試行計画を立てた。

1922: 6-3制が中国に最初の取り入れられた。これは壬戌学制または「六三三学制であり、アメリカで当時注目されていた新しい学制を採用したものである。(楠山 2008: 141-2)

1949: 初等教育の学齢児童の就学率はわずか20%ほどであり、全体の80%ほどが非識字者であったと言われている。

1950: ソビエトと友好条約を結んだ。

1950年代まで:ロシア語教育が強化された。

1951: In 1951 the party issued a directive that inaugurated a three-part plan for language reform. (Wikipedia 英文版より)

1953: 第一次5カ年計画

1956: In 1956 putonghua was introduced as the language of instruction in schools and in the national broadcast media .(Wikipedia 英文版より)

1957-1965 The back-to-English movement(英語回帰運動)が盛んになる。

1959: 教育部は「優秀な学校は中学1年から外国語を教えるべきであり、その三分の一をロシア語に、三分の二を英語にあてるべきである」と公表した。(本名信行他 2008:88)

1963: 10の外国語学校が設立、(そこで)小学校3年生から英語を教えることが施行された。(本名信行他 2008:88)

1964: In 1964 the Committee for Reforming the Chinese Written Language released an official list of 2,238 simplified characters most basic to the language. (Wikipedia 英文版より)

1966-1976: 文化大革命がおこり、外国語への学習がストップした。

1970: “Key schools,” shut down during the Cultural Revolution, reappeared in the late 1970s and, in the early 1980s, became an integral part of the effort to revive the lapsed education system. (Wikipedia 英文版より)

1976年以降:文化大革命終結後、国は少数の優秀な人材の育成を急務と考え、高等教育機関に重点的に投資すると共に、各地に重点学校を作らせた。これは限られた資源を効率的に利用するために、厳しい競争的テストで選抜した生徒を優秀な教師と整った設備の学校に入れ、予算を重点的に配分するという学校である。。。この重点学校は国レベル以外にも、各中央省庁や省、その下の県や区まで自身の重点学校を作った。さらに重点校、非重点校にかかわらず、ほとんどのすべての学校がその中に重点クラスを作っている。(楠山2008:147)

1978: 小中高の連結にあるとして、外国語教育は龍のように(like a dragon)小学校から大学までの連続した過程になるべきであるとした(本名他2008:81)。

1978: 鄧小平が中央に返り咲く

1980年代:In 1980 the greatest resources were allocated to the key schools that would produce the greatest number of college entrants. (Wikipedia 英文版より)

1982年:中華人民共和国憲法が制定・公布された。

1982: 憲法の第3条には、「各民族はすべて平等である。 各民族は、すべて自己の言語文字を使用して、どれを発展させる自由を有し、自己の風俗習慣を保持して、あるいは改革する自由を有する」とある(末延2002: 126)。

1985年5月:The May 1985 National Conference on Education recognized five fundamental areas for reform to be discussed in connection with implementing the party Central Committee’s “Draft Decision on Reforming the Education System.” The reforms were intended to produce “more able people”; to make the localities responsible for developing “basic education” and systematically implement a nine-year compulsory education program; to improve secondary education develop vocational and technical education; to reform and the graduate-assignment system of institutions of higher education and to expand their management and decision-making powers; and to give administrators the necessary encouragement and authority to ensure smooth progress in educational reform. (Wikipedia 英文版より)@中国共産党中央委員会「教育体制改革に関する決定」が発表され、その中で9年生義務教育を実施することとその方法が具体性をもって示された。(楠山2008:144)

1985: In 1985 entrance examinations and the key-school system had already been abolished in Changchun, Shenyang, Shenzhen, Xiamen, and other cities, and education departments in Shanghai and Tianjin were moving to establish a student recommendation system and eliminate key schools. (Wikipedia 英文版より)

1985: Chinese government statistics indicated that of a total population of nearly 1.1 billion in 1985, about 230 million people were illiterate or semiliterate. (Wikipedia 英文版より)

1985: 小学校の就学率は95.9%で、初級中学の粗就学率は68.4%である(楠山2008:146)。

1986: In 1986 the Shanghai Educational Bureau abolished the key junior-middle-school system to ensure “an overall level of education.” (Wikipedia 英文版より)

1986年:検定制度が導入される。(教科書は建国後、全国統一の国定教科書が使用されてきたが、地域別教科書が編集されて、86年には検定制度が設けられた)(末延2002)@教育改革の一環として、教科書検定制度を発足させた。それまで、人民教育出版の独占であった教科書の発行は地方政府にも開かれ、国外の出版社との共同出版も行われるようになった(本名信行他 2008:87)。

1986年4月: 1986年4月中国は「中華人民共和国義務教育法」(中华人民共和国义务教育法)を公布し、適齢に達した子どもは必ず9年間の義務教育を受けなければならず、国は義務教育を受ける児童生徒に対し、学費を免除すると初めて規定した。(末延2002)@義務教育が正式に施行されたのは1986年である(楠山2008:141)。@義務教育の実施と共に、義務教育段階における入学試験は禁止され、小学校、初級中学ともに日本の学区制に近い「就近入学」が導入されている。(楠山2008:146)@「就近入学」によって、それまであった初級中学進学試験を廃止して、日本の学区制のように家や戸籍に近い学校に通うことになった。重点学校についても、義務教育の段階の学校については認められないことになった(楠山2008:146)。

1987: 教育部は、1987年から英語非専攻と英語専攻に分けて、大学英語試験を実施している。前者はCET(College English Test),後者はTEM(Test of English Majors)と呼ばれている。中国は巨大なテスト社会である。CETについては、6レベル(バンド)が設定されて、2005年までは、Band4の合格が卒業要件となっていた。これらは毎年2回、6月と12月に行われ、毎年1千万人の学生が受験すると言われている(本名2006:23)。

1989:天安門事件[民主化弾圧事件](以来、国際社会での信用回復のツールとして英語が重視され始めた)

1990: 小学校の就学率は96.3%で、初級中学の粗就学率は74.6%である(楠山2008:146)。

1990: 「素質教育」と呼ばれる教育が進められた。これは、「応試教育(=試験のための教育)」による進学一辺倒の傾向や体力の低下、徳育の低下を改め、バランスの取れた子どもを作り出す教育を目指そうとするものである。子どもの勉強に対する負担を減らすために、塾を禁止したり、宿題の量や家庭学習の時間を制限したり、通学鞄の中身の重さを制限したりするなどの対策がとられてきた。(楠山2008:147)

1992: この頃から、民営学校が盛んになる。都市部から増加し始めた民営学校は、財政難を補うという思惑による国家レベルでの奨励に加えて、経済発展や一人っ子政策によって教育にかけられる費用が増加していることもあり、地方へも急速に広がり続けている。(楠山2008:147)

1992: 鄧小平の「南巡講話」で経済発展を第2ステージにあげた。

1992: 「教育課程基準法」の制定

1993: 「中国教育改革・発展要綱」「民営高等教育機関設置暫定規定」私立大学の復活

1995: 週休二日制が実施されている。中国全土の国公立の小中学校は完全週5日制を取り入れている。(末延2002)

1998: 教育部は「高等教育における英語専攻のためのナショナルシラバス」を公示して、一定の基準を設ける。しかし、各大学には自由裁量の範囲は設けられている(本名2006:32)。

1999年:教育部は、China Public English Test System (PETS)を創設して、社会人に広く英語学習を動機づけようとしている。”Every citizen should study English.”(各人学習英語)が標語である。PETSは英語力をレベル1からレベル5に分けて認定する。内容はListening, Reading, Speaking, Writingをコミュニカティブな観点から測定しようとするものである。企業は従業員のこのスコアを昇進の考査に使用する。PETSは一見、日本の「英検」に似ているように見えるが、中身は大いに異なる。PETSはどちらかというと、ESP(English for Specific Purposes)になる(本名2006:37)。

2001: 全市・全郡で小学校の3年生から英語教育が始まる。主要都市では、以前から、しかも1年生から英語教育をはじめていた。(末延2002)

2001:公式的な小学校英語教育課程の開設要求と同時に、初等教育から高等学校レベルまでの一貫したナショナルシラバスが作成された。(本名信行他 2008:84)ナショナルシラバスにはレベル・スタンダードが鮮明に明記している。これには、5つの段階(前段、レベル2,4,6,8)が設定されていて、その到達目標が示されている。レベル2は大学1年生の終わりのレベル、レベル4は2年生の終わりのレベル、レベル6は3年生の終わりのレベル、レベル8は卒業のレベルとなっている。それぞれのレベルに発音、文法、語彙、聞き取り、スピーチ、リーディング、ライティング、翻訳、文献使用、文化的背景という項目をもうけ、それに関して能力が規定されている(本名信行2006:34)。

2001: 教育部が「基礎教育課程改革綱要」公表する。→大衆教育への変身が成し遂げつつある学校教育は教育課程の改革または改訂を必ずもたらされるであろう.中国ではこれまでに制度上中央政府が教育課程を1 つに決めてきた.それが前記の「教学大綱」であり,数年から十数年単位で改訂を加えつつ使用してきた.そこで,学校教育の大きな成長や変化を見据えて,学校教育や社会の環境により相応しいものを目指して,2001 年に教育部が公表した「基礎教育課程改革綱要」の下で,初等教育及び中等教育課程に対する大きな改革改訂作業はスタートした.その結果,これまでの「教学大綱」を廃止し「課程標準」という新しい教育課程を誕生させた.数年間の実験を経て小中学校は2005 年度からすべての地域において学習者全員が既に新課程に入っており,また,高等学校の方も2007 年度から全員新課程に入る運びとなっている.(杜威HP)

2001: 1988年から2001年までに発行されたシラバスは8種を数えた(本名信行他 2008:85)。@中国教育部は2001年に統一教科書を発行した(本名信行他 2008:87)。

2001年11月10日:中国のWTO加入がきまる。

2002秋: 2001年までは、人民教育出版発行による全国共通の英語教材をつかっていたが、この年から学校が教科書を自由に選べるようになった。その時点で20社近い出版社が新しい教材を提供するようになった。(末延2002)

2003:「小・中学校英語課程標準」が出される。

2004年:教育部は「大学英語課程教学要求(試行)」というガイドラインを発表して、新時代の人材育成をいそぐ中で、「大学英語」の充実を図る道筋を示した(本名信行他 2008:105)。

2005年2月28日:「全国大学英語4級・6級考試改革方案(試行)」が制定される。これにより、改革が提案された。2005年の6月の試験(試行)から、4級・6級試験の成績は710点満点の配点システムを採用して、合格ラインは特に設定しない。成績通知の方式は、従来の合格証明書から成績通知書にかわり、試験後に全受験生に成績通知書が送付される。また試験においては、聴解の量・比率を拡大する(本名2006:資料(2))

2005年末:教員の量的・質的確保を目的として、教育部は2005年末に[Standards for Teachers of English in Primary & Secondary Schools (STEPSS)]という、既卒者向けの資格認定制度を設けた。この資格制度の目的は、師範大学を卒業したものの、教員にならず、他の職業に就いている人、職業に就いていない人を改めて教職に誘致することにある。大学卒業後、教育歴を一切持たない人であっても、この資格取得によって教員としての資質を証明することができる。新たな人材開拓の可能性が期待されている。(本名信行他 2008:92)

2006: To reduce the disadvantages and increase the advantages, great reforms have been introduced to CET since 2006:
a. Recorded and reorganized sections: There are more listening and oral sections. New Skimming and Scanning and Translation sections have been added.
b. New grading system: Scores are curved so the highest is 710, while the lowest is 220.
c. Pass mark and qualification certificate elimination: More detailed score reports are given for each section.
d. Public service elimination: Only university students can take the test. (本名信行他 2008:187)@

2006年:小学校の就学率は99.27%に達して、初級中学の粗就学率も97%と非常に高いレベルに達している(楠山2008:146)。@高等教育機関の粗就学率は22%であり、1970年代は1%以下であった頃に比べると、増加が著しい。(楠山2008:147)

2006年9月:新しい「風化人民共和国義務教育法」が施行された。内容だが、受験競争については、第12条において、無試験入学、「就近入学」が規定されている。また、第53条、57条では、重点学校と非重点学校を区別すること、重点クラスと非重点クラスを区別すること、を速やかに改善するように求めている(楠山2008:147)。

2004年:孔子学院が設立される。

2014年6月1日(読売新聞):孔子学院は世界で117か国1091か所で設立されている。教師数は約2万人とのことである。(14年11月現在で日本の14カ所を含めて約110カ国に430カ所ほどある。)

文献 
末延岑生(みねお) 2002 『アジアの最新英語事情』 大修館
本名信行他 2006 「近隣諸国における英語教育の取り組みに関する調査研究報告書」
本名信行他 2008 国際比較でみる「英語が使える日本人」の育成のための行動計画」の成果に関する調査研究
楠山研 2008 「中国」 『国際化と義務教育』 全国海外教育事情研究会

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