言語サービスについて(多言語対応・ICT化推進フォーラム資料)

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基調パネルディスカッション「多言語対応・ICT化推進フォーラムin多摩~2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて~」 2016年07月05日
(河原俊昭配付資料)                   

1 言語サービスの必要性

(1)ニューカマー
1980年代以降に日本に長期滞在する外国人が増えてきており、彼らは一般にニューカマーと呼ばれている。それ以前、戦前・戦中から住んでいる外国人の多くは日本語をすでに十分に理解していたことが多い。それに対して、ニューカマーたちは、日本語の理解する力がまだ十分でない点が特徴である。本日の発表で、「外国人住民」という表現を使うときは、ニューカマーで日本語の理解が十分でない人々を主に念頭に置いている。

(2)言語サービスとは何か
外国人住民が一番不足しているのは情報(生活情報)である。日本に長年住んでいても、必要な情報が言語の壁に阻まれて入手できない場合が多い。日本人ならば簡単に入手できる情報が外国人には入手できない。ここに日本人住民と外国人住民の間に情報格差が生じ、両者間の不平等が固定化される危険性がある。適切な情報が外国人に与えられて、この状況は是正されるべきである。

その目的のために、情報を伝達するサービス、とりわけ、公共性の高い情報を外国人に提供するサービスが必要である。「言語サービス」とは、「外国人が理解できる言語を用いて、必要とされる情報を伝達すること」と定義できよう。このように、言語サービスは、日本人住民と外国人住民の情報格差を是正して、両者が平等の立場から共生社会を作り上げるという遠大な目標に沿うのである。

(3)地方自治法10条と地方自治体の役割
言語サービスを提供する主体はどこであるか。扱う情報は公共性が高く、実際に外国人に接することが多いという点で、「地方自治体」がその中心になるべきである。地方自治法第10条では、第1項に、「市町村の区域内に住居を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする」とあり、第2項では、「住民は、法律の定めるところによりて、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」とある。

このように、当該地域の住民に対して、日本人であろうが外国人であろうが、地方自治体は役務の提供をする必要がある。地方自治体は、言語サービスの主体にならなければならない。もちろん、地方自治体だけでは不十分であり、関係する国際交流協会、ボランティア、一般市民の手助けがあって初めて十分に機能する。

(4)言語の選択について(母語、やさしい日本語、やさしい英語の3パターン)
言語サービスでは、外国人住民が理解できる言語を用いなければならない。それには、3つの言語使用のパターンが考えられよう。それは、外国人の母語、英語、あるいは日本語の使用である。

この3種類の言語提供の方法であるが、外国人の母語で言語サービスを提供することが一番理想的な情報提供手段である。だが、たしかに、その地域に住む外国人のすべての言語でサービスを行うことは理想であるが、現実には不可能である。そこから、当然、言語の選択という問題が生じる。予算、その言語への需要、翻訳者が存在するか否か、などの条件を考慮して、どの言語を用いるかを決定することになる。現状では、5言語種(日本語、英語、中国語、韓国語、ポルトガル語)による言語サービスを提供しようとしている自治体が多いようである。

予算や翻訳者が足りなくて、母語で言語サービスの提供が無理なときは、現状でも実現可能な方法を探すことになる。それは、「やさしい日本語」による言語サービスの提供である。パンフレットなどを、外国人にも分かる日本語で書かれた日本語版を作成することである。

英語による言語サービスも重要である。その時も「やさしい英語」を用いるべきであろう。英語をある程度理解する外国人ならば、英語による言語サービスを利用することも多い。人数の点からも、利用者の多くは英米人よりも、非英米人と考えたほうがいい。そのためにも、分かりやすい平易な英文で書かれることが望ましい。

英文の執筆を英米人にお願いしたら、あまりの名文で、高度なレトリック表現、英米の文豪からの引用がちりばめてあるかもしれない。しかし、要は、簡単で基本に則った英文で書かれることが大切なのである。非英米人で、きちんとした英語教育を受けた人に英文を書いてもらうことが意外と近道かもしれない。

このように、提供する言語として、外国人の母語、英語、日本語と3つの場合が想定される。言語サービスの内容によって、どの言語がもっともふさわしいのか定まってくる。

なお、絵文字(ピクトグラム)による言語サービスも考えられる。絵なのであるから言語ほど細かく伝えきれない部分があるが、「禁煙」、「エレベーター」、「立ち入り禁止」を意味する絵文字は普遍的に理解してもらえるという利点がある。しかし、抽象度が高くなると絵文字で内容を表すことは難しくなる。

2 言語サービスの具体的内容について説明

言語サービスの具体的な内容として8つほど項目を挙げてみる。この中には、自治体が提供しやすいサービスと提供しにくいサービスがある。

(1)緊急事態(災害・事故・緊急医療等)に関する言語サービスを提供すること
(2)相談窓口を提供すること
(3)パンフレットやホームページを通して、生活情報を提供すること
(4)多言語での公共の掲示、道路標識、案内標識を充実すること
(5)観光案内を充実すること
(6)司法通訳を提供すること
(7)日本語教育を提供すること
(8)外国人児童への母語保持教育を提供すること

①「災害・事故・緊急医療など緊急事態に言語サービスを提供すること」は生死の問題に直結するのできわめて重要である。
近年の大災害の時に、言語問題ゆえに、多くの外国人が不利な状況におかれた。その反省の上に立って、災害時における言語サービスのあるべき姿について研究がされている。

急病や事故などの救急に関する言語サービスでは、一刻一秒をあらそうことが多くて、患者がある程度は日本語を理解するとしても、日本語を用いるだけの余裕がない場合が多い。そのときは、母語による多言語サービスが必要である。救急車で運ばれるときには、できるだけ早く病状を知る必要がある。たとえば、ある市の消防本部では、外国人を搬送する場合は、13言語で書かれた質問カードを見せて、回答してもらう。「頭が痛い、頭が重い」「吐き気がする」「手足がしびれる」などの該当する項目を指で示すことで、外国人を搬送する場合でも、いち早く病状の把握ができるのである。

②「相談窓口を提供すること」は、情報が日本人側から外国人側に一方的に提供されるのではなくて、双方向で情報のやり取りをする形の言語サービスである。外国人が抱える問題を顔と顔をつき合わせて相談できる機会は、できれば、同国人による言語サービスとして受けられることが望ましい。

たとえば、北陸にある自治体の例だが、7名の国際交流員(中国、韓国、イギリス、ブラジル、ロシア、アメリカ、オーストラリア)が生活相談に随時応じている。彼らは日本語も英語も堪能なマルチリンガルが多く、幅広く対応できる。法律相談については、月に1回、第4木曜日に、弁護士が無料で相談に応じてくれる。ただし、時間帯の設定や通訳の必要な場合もあるので予約する必要がある。

③「パンフレットやホームページを通して、生活情報を提供すること」は、多くの自治体ですでに行われている。外国語広報の充実したある市では、外国人の登録・入国管理法・税制などの情報、保健・福祉・教育に関する情報、ごみの処理・公共料金の納付方法など、さまざまな情報が『母子健康手帳副読本』、『介護保険のしおり』、『くらしとごみのカレンダー』などの広報資料を通して、外国人へ提供されている。

生活情報の提供は、共生社会づくりを意識したものであってほしい。その意味では、「外国人の視点」が入ることが望ましい。効果的なパンフレットやホームページ作成には、外国人に作成者の一人に加わってもらって、日本人と共同で作成をするとよいだろう。言語サービス一般についても、日本人からの外国人への一方通行ではなくて、外国人の声を聞きながらの共同作業であることが望ましい。

④「多言語での公共の掲示、道路標識、案内標識を充実すること」であるが、大都市では、標識の多言語表示がすでに各所で見られている。現在は、多くの公共機関で、日本語、英語、中国語、韓国語での4言語種での標識や掲示が一般化している。

銀行は私企業であっても公的機関としての性格が強いが、ここでATMの表示についても考えてみたい。お金の出し入れは外国人住民にとっても大変重要なことである。以前は、ATMの表示は日本語だけであって、外国人にとってその使い方は分かりづらかった。最近は英語での表示も増えてきたが、英語でできる機能は、預け入れ(deposit)、引き下ろし(withdrawal)、残高照会(balance inquiry)などであり、振り込み等はカタカナを用いなければならない。また、多言語でのATM使用はあまり進んでいない。

⑤「観光の案内を充実すること」に関して、政府によって外国人観光客の数を増加させる諸施策が進められている。これらの施策は、直接的には、短期滞在の外国人観光客を対象にしたものであるが、中・長期滞在の外国人住民にとっても有益である。

例えば、「外国人にも分かる災害情報、気象情報の提供」「スマホ等を用いた多言語自動翻訳システム」「外国人が一人歩きできる環境整備」などのアプリが開発されていて実用化が進んでいるが、これにより、観光客だけに限らず外国人住民たちも恩恵を受けている。

⑥の「司法通訳を提供すること」だが、司法通訳は、警察通訳・検察通訳・弁護通訳・法廷通訳などに分類される。人権の侵害されやすい外国人を守るために司法通訳の存在は重要なことである。裁判所法第74条では、「裁判所では日本語を用いる」とあり、外国人の母語と日本語に堪能な通訳の存在が必要である。しかし、質量とも充実した通訳の確保はまだまだ難しいようである。特に、タガログ語、タイ語、ペルシャ語、ベトナム語などの通訳人が不足していると言われている。

通訳の仕事はきわめて重要で、日本語への訳し方ひとつで裁判の結果が変わってしまうことがある。例えば、相手が死んだ場合、「殺しました」、「死なせてしまいました」、「死にました」では罪が違ってくる。殺人罪、傷害致死罪、過失致死罪か無罪と異なってくるのである。

裁判においては、法律用語の精密な使用が要求されるのであるが、やむを得ない場合は、「裁判用のやさしい日本語」を定めて用いていくことも念頭におくべきであろう。この日本語を、取り調べや弁護士との打ち合わせの段階で活用するのも可能であろう。

⑦「日本語教育を提供すること」は、日本社会において、外国人が自らの意思を表明し、社会との円滑な結びつきを実現する上できわめて重要である。その目的に沿って、各地の国際交流センターで、成人学習者向けの日本語教育がボランティアなどを講師として行われている。

大都市の多くでは、駅前の便利な場所で日本語講座が提供されている。そこでは、プライベートコースから10名ぐらいのコースまで様々なコースが比較的安価に提供されている。これには、たくさんの数のボランティアの助力が必要であるが、多くの人々が積極的に参加してくれている。

外国人児童に対する教育であるが、現行の法律では、外国人児童の就学義務はないが、希望する者には就学の機会を保障している。ただ、希望する者には機会を与えるという態度から、もう一歩踏み込んだ積極的な態度が必要かとも思われる。就学案内などは多言語で分かりやすく説得力のある文章を書くことにより、外国人児童の就学率を高めることができるだろう。

外国人児童が通学するようになった場合、真っ先に直面するのが日本語の問題である。多くの自治体において、外国人の児童の多い学校ならば、一対一での日本語教育の提供を国際教室などですでに行っている。多くの自治体で、外国人児童が多い学校などが基幹校となって外国人児童向けの日本語教室を開いている。

⑧「外国人児童への母語保持教育を提供すること」であるが、この分野は自治体の多くはまだ消極的である。しかし、母語は人間のアイデンティティ形成のために必要であり、自らの母語文化への誇りを持たせるためにも、外国人児童への母語保持教育が望まれる。

自治体が母語保持教育に理解を示している例もいくつかある。たとえば、ブラジル人児童のために、「外国人児童学習サポート教室」に様々な支援を行っている例がある。そこでは、日本語とポルトガル語のバイリンガル教育により、基本教科(国語、算数、理科、社会)を中心とした学習支援が行われている。

このように、具体的な言語サービスが色々とあげられる。今後、見落とすことのできない点として、ICT (Information and Communication Technology)の著しい発達がある。今まで、予算やマンパワー不足で不可能であった言語サービスの充実がICTの発達によって可能になりつつある。

3 東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて

 2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、多言語対応・ICT化が進んでいる。これは、直接的には、短期滞在の観光客向けのサービスであるが、同時に、日本に長期的に滞在する外国人住民にも役立つ点が多い。

たとえば、標識が分かりやすくなることで、外国人観光客への利便性が増すことは、長期滞在する外国人住民への利便性が増すことである。さらに、そのことは、高齢者や障がいを持った方々、そして一般の日本人にとっても住みやすい東京になることを意味する。

はじめは、主に2020年を意識した諸施策であるが、これらの施策が長期的にみて外国人住民と日本人住民との共生社会を作り上げるきっかけになるはずである。

(2)東京と地方
東京で主に行われるオリンピック・パラリンピックであるが、外国人観光客が東京にだけ滞在して東京だけが経済的に潤うのではなくて、地方にもいい意味での影響を与えてくれることが望ましい。私自身は現在、岐阜県に住むが、2020年をきっかけとして、外国人観光客が岐阜県の観光資源をも発見してくれることを願う。

そのためにも、地方の多言語対応・ICT化推進も積極的に進むべきであり、それによって、外国人観光客は比較的知られていなかった地方にも訪れるようになる。地方は見習うべきモデルとして東京都が行う多言語対応・ICT化推進の動きを注目している。

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