逢坂の関

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2015-04-19

昨日は滋賀県へドライブした。草津のイオン(イオンモール草津が正式の名称)へ向かう。草津のイオンは数か月前に訪れた時は2階や3階は改装中の店が多くて、閉店かと思うほどテナント店が抜けていた。どうなるのかと心配したが、3月20日からのリニューアルオープンの準備のためであった。今日久しぶりに訪れた。

確かに店の中は変化していた。買い物客の数はかなり多い。休憩しようとしてカフェをさがす。一階の Honolulu Coffee の前にはかなりの人が並んでいる。自分も入りたかったが、並んで立っているだけで疲れそうなので、別の店に入る。とにかく新規開店のショップには人々は好奇心からか、客足が絶えない。

さて、3時間ほど滞在して買い物を済ませて草津イオンを出る。この琵琶湖周辺のあたりは景色が素晴らしい。京都に住むよりも、大津に住む方がはるかに居心地がいい。さらに美しい自然も堪能できると思う。とくに琵琶湖の周辺は散歩道も整備されていて最高と思う。一時期はこのあたりで家を買おうかと真剣に物色したこともあったが、自分の年齢でのローンは難しいことが分かって諦めた。

京都への帰り道は国道1号を通って山を越える。この辺りはかなりさびれていて、太陽もささず陰気臭いところである。ところどころに家があるが、かなり古くて、老夫婦がいなくなったら廃墟となるのではと予想される家ばかりである。このあたりは、逢坂の関(山城国と近江国の国境)があった場所である。毎回、このあたりをドライブするたびに逢坂の関とはどこかなと思っていた。写真を下に示す。地名が逢坂一丁目となっている。

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本当の逢坂の関はこの画像の場所からさらに数キロ先であり、大津側から見て坂道を下ったところにあったようだ(現在はその正確な場所は分からない)。この国道1号線沿いの逢坂山検問所脇には「逢坂山関址」という碑が建てられているのだが、この日は残念ながら、そこには立ち寄らずに京都に帰った。

逢坂の関は百人一首に読まれている。
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 蝉丸(第10番)
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 清少納言(第62番)

ネットで調べると、蝉丸という人は逢坂山に住んでいて和歌の作り手であったとある。また彼を祀った神社、関蝉丸神社(せきせみまるじんじゃ)が近くにあるとのこと。是非ともいつか訪問してみたい。第62番、清少納言の歌は藤原行成との間で交わされた歌であるという。清少納言を訪れた藤原行成が早めに帰ったのを非難した歌とあるが、この歌が二人の間の本当の出来事を示唆しているのか、それとも宴会などでの戯れ歌であるのか、このあたりは後日調べてみたい。枕草子の「関は」の段には「逢坂、須磨の関、鈴鹿の関」と記されていて、清少納言はこの関をかなり意識していたようだ。

また、関寺というものがあり、その近くに晩年の小野小町が住んでいたそうだ。その関寺は今はなくて、長谷寺がその跡地に建っていると聞く。逢坂の関記念公園というのが最近できたことも知った。

いろいろと故事を調べると、陰気臭くてつまらぬ山道と思っていた箇所に、いろいろな歴史が残っていることが分かる。現在はこの関を、車ならば国道1号線で、電車ならば京阪電車で簡単に通り抜けることができる。昔はこの山越えは大変だったろうと思う。しかし当時の人々はゆっくりと歩きながら、この関にまつわる故事を互いに語り合いながら越えていったとしたら、それもロマンティックな話だと思う。

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