柴田先生の思い出

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2015-05-05

言語研究アソシエーション」の代表である佐良木先生から、柴田勝征先生の追悼文集を作成するので、是非とも何か書いて寄稿するようにとの案内メールがきた。柴田先生の一周忌となる11月までには追悼文集を完成させたい意向のようで、編集の仕事を担当される佐良木先生には大変な仕事量となるが、私も是非とも協力したい。

柴田勝征先生は、埼玉大学・福岡大学で教鞭をとられて、退職後これからご自身の研究の集大成を刊行しようとしていた矢先の昨年11月に、突然不帰の客となられた。柴田先生の研究の幅が広くて(語学から算数・数学教育、機械翻訳など)、その学識の豊かさにはいつも驚かされた。その成果は福岡大学の柴田研究室のホームページに今でも残っている(2017年3月末に、そのサイトは消えたようだ)。

また、先生はメールマガジンとして、「言問いメール」を毎週1回ほどの頻度で発行されていた。1997年の1月25日から発行されている。第一回目は「ラテン・クオーターとは何のこと」というタイトルの随筆であった。それ以降、次から次と言語に関する鋭い洞察を含んだ、それでいて読みやすくて分かりやすいメールマガジンを発行された(2017年3月末に、同じく、そのメールマガジンは消えたようだ)。上記のホームページから「言問いメール」のバックナンバーに入れるので、いまだご覧になっていない方は、是非とも訪問されることをお勧めしたい。

柴田先生は多くの方と知り合いで、人的なネットワークも広かった。言語に関する問いかけをするとそれに答える研究者が何人かいて、その反応を紹介しながら、さらにまとめていくという技は見事であった。

個人的には、柴田先生が金沢を訪問されたときに、兼六園を案内したことを思い出す。フランス語では crayonが「鉛筆」、stylo が「万年筆」である話から発展してフランス語に関して色々教えてもらった。フランス語に関して深い知識を持たれた方だな、というのが私の印象だった。また、その日のうちに福岡まで戻る必要があるとのことで、小松空港まで車でお送りしたが、多忙な方であるな、という印象も受けた。

あらためて、柴田先生の「言問いメール」を読んでみると、先生は当時で血圧が高くて240、低くて160 になったという文があった。そのころの自分は血圧など気にしたことがなくて、血圧が240であることの重大さが分からずに記憶にも残らなかった。今、この歳になって、その文を読み返すと、血圧について書かれた箇所に目がいく。あんなにお元気そうに見えたのに、当時から血圧という問題をかかえていたことを知った。

いろいろと柴田先生のことを思い出しながら、このブログを綴っている。追悼文の締め切りは9月1日である。それまでに、何か一つ、思い出を書き上げてみたい。

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