連休最後の日(授業評価)

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2015-05-06

今日は連休の最後の日であった。連休は自分はどこの行楽地にも出かけずに、静かにしていた。正確に言うと、午前中は研究室に出かけ、いくつかのたまった仕事をこなし、午後は家内に付き合って、どこかのショッピングモールに出かける日々であった。

新聞などを読むと高速道路は恒例の渋滞が起こったそうだが、自分には関係ないことであった。 子供達二人はよく勉強していた。学校でたくさんの宿題がでたそうで、パソコンに向かいながら、なにやらレポートを書きあげていた。高校時代の勉強はいやいやさせられている、という感じであったが、大学時代の勉強は、自分で納得して勉強しているようで、その点はいいことと思う。

ところで、勤務校では「授業評価」が年2回ある。前期と後期の授業の終了頃に、学生は受講した授業について、幾つかの項目にわたり、数字的な評価とコメントをする。「あなたは授業を受けて満足でしたか?」「教員は授業に熱意が見られましたか?」等々について1から5までの数値をつける。

これにより、自分では結構うまくいっていると思っていた授業が意外と評判が悪かったり、逆に悪評の授業と思っていたのだが、学生が結構高く評価してくれたりする。 外国では、授業評価が悪いと昇級や給料に影響したり、あるいは雇用契約が打ち切られたりすると聞いている。日本では、まだそこまで授業評価を活用している大学はないだろうが、将来的には、それもあり得ると考えている。

教員は、教えることが仕事である。それに全力をかたむけ、授業のプロであることがプライドの源泉である。学生から手厳しい授業評価を受けると、ガックリくる。まるで、自分の存在自体を否定されたように感じるのである。

選択科目を担当している場合と、必修科目を担当している場合では授業評価も異なってくる。学生は自分が好きで選択した科目は高い評価をする。しかし、必修科目では、嫌いな科目でも学生は受講せざるを得ない。英語とあまり関係しない学科の英語の授業は、自分は苦手である。「英語は関係ないのに、何でこんな余計な勉強をさせられるのか」という嘆きや敵意を感じられる授業ほどやりにくいものはない。もちろん、われわれは授業のプロであり、それで給料をもらっているのであるから、頑張らなければならないのであるが。

セールスマンは毎週売上高の報告をさせられて、上司から怒鳴られたり、逆に褒められたりするそうだが、それは大変な仕事だと思う。我々の仕事は年に2回ほどの評価であるから、良しとしなければならないようだ。さて、明日から、その授業が始まる。

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