アメリカ村と法善寺横町

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2015-05-07

連休が終わり授業が始まる。今日は非常勤の仕事で大阪に行く。例によって早めに家をでて大阪探検をする。今日の目的はアメリカ村と法善寺へ行くことである。

地下鉄御堂筋線の心斎橋で降りる。地図で駅の西南の方向と検討をつける。iPhone のコンパス機能がこんな時に便利である。数百メートルほど歩くと古着屋がたくさん並んでいる。ここがアメリカ村だと思って、たこ焼き屋の人に聞くと確かに「ここがアメリカ村」との答えであった。「そうか、ここがアメリカ村か」と、あたりを見回す。古着屋、三角広場の写真をとる。街路灯がアート風にデザインしてある。

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南の方法に進んで、次は法善寺を目指す。道頓堀川まで達してから、道頓堀にそって東へ進む。大阪松竹が見えてきた。その前の通りに沿って、かに道楽、がんこ、などの有名なお店が見える。たくさんの中国人観光客がいる。適当なところを南に曲がる。狭い路地裏を通っていくと法善寺の看板が見えてきた。思ったよりも法善寺通りは狭い。苔の生えた水掛不動のまえに中国人観光客の一団が列を作り、順番に水をかけて何やらお祈りをしていた。水掛不動は外国人の間にもその功徳は知られるようになったようだ。

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ネットで調べると、法善寺横丁は小説『夫婦善哉』と『法善寺横丁』で有名であるそうだ。自分のかすかな記憶で、『夫婦善哉』はテレビか何かで見たことがある。特に面白いと感じたことはない。有名な小説なので、機会を見つけて、改めてそれらを読んでみたい。

ドラマよりも自分にとって印象強いのは、藤島恒夫の『月の法善寺横丁』という歌謡曲である。1960年当時、相当流行した曲であり、いまでも出だしを覚えている。

包丁一本さらしに巻いて
旅に出るのも板場の修 業
待っててこいさん 哀しいだろうが
ああ 若い二人の
思い出にじむ法善寺
月も未練の十三夜

そして、セリフのなかで、「長いこと水掛不動さんにお願いしてくれはりましたな。あの晩から、わては、わては、こいさんが好きになりました」という部分がある。1960年に流行ったのであるから、私が小学生の4年生の時の曲である。子供心にも、愛の告白とはこのように思いを込めてするのだと感じた。いま、藤島恒夫の声をYouTube で聴くと、非常に品格のある歌声で心にしみる。このセリフも当時の庶民のリアルな思いを反映していることが分かる。

小学4年の自分には「包丁一本さらしに巻いて」行う「板場の修業」など、まったく見当もつかなかった。さらには、「法善寺」「水掛不動」などはまったく未知の世界であった。名前だけ知っていた場所を少しずつ、こんな風に、直接に訪ねて、昔の自分をも発見していくことは楽しいことである。

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