仰臥慢録(ぎょうがまんろく)

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2015-05-09

今日は洛南のイオンに行く。その中の本屋に行って、3冊ほど本を買う。一つはホームページの作り方の本で他の二つは岩波文庫からでている正岡子規の本である。『仰臥漫録』『病牀六尺』を購入した。家内がショッピングをしている間、わたしはソファに腰掛けて、『仰臥漫録』の方を読んでいた。これは正岡子規の結核がかなり重たくなっている頃の話で、正岡子規の心中を察しながら読んでいった。(2月8日のブログでも正岡子規について述べた。)

彼は、20歳を少し超えたあたりで、結核に冒されて、最後の7年ほどは寝たきりの生活になった。34年間という短い生涯だったが、日本の文学界には大きな影響を与えた。この『仰臥漫録』は、彼の晩年の様子を語った日記である。わたしはブログを書くようになってから、人のブログや古い時代の人の日記などを読むようになった。この本は正岡子規のブログであると考えたい。寝たきりになった正岡子規にとって、寝床から見える風景と食事、看護、訪ねてくる友人との語らいだけが自分の世界になってしまった。1901年9月11日には次のように記してある。

九月十一日 曇
便通 及 繃帯取換
朝飯 いも雑炊三碗 佃煮 梅干
牛乳一合 ココア入 菓子バン
便通
昼飯 粥三碗 鰹のさしみ 鯏汁
間食 煎餅十枚ほど 紅茶一杯
夕飯 粥三、四碗 きすの魚田二尾 ふき膾三碗 佃煮 梨一つ

だいたい、こんな感じで自分が食べたものを熱心に書きとっている。詳しく毎日記してあるのだが、病人の割には食欲は旺盛なようだ。もっとも食べ過ぎで、よく腹痛をおこしている。さらに、便通があれば、きちんと「便通」と記していることから、便通があるかどうかが本人にとっての関心ごとであったことが分かる。便通があれば確かに体はすっきりとする。

看護する人も大変だったろうと推測する。繃帯の取換が頻繁に記されている。9月14日には、「腹痛いよいよ烈しく苦痛たえがたし この間下痢水射三度ばかりあり 絶叫号泣」とある。死病にとりつかれ、自分の人生は長くないことを知っている。しかし、時々は句作をしたり、庭の植物の様子を墨で描いている。毎日どのようなことを考えていたのか。彼の心を推し量ると読み続けるのが苦しくなる。

私は現在はまだ健康である。特にどこか痛いとかいうこともない。しかし、これからは分からない。もしも自分が死病に侵されたと知ったならば、私はショックで無気力になり、何もできなくなるだろうか。あるいは、正岡子規のように何か表現をしていく。何か生きた証を残しておきたいと考えることができるか。まあ、実際にそのような事態にならないと、自分がどう反応するかは分からないのだが。

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