橘曙覧(たちばな の あけみ)

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2015-06-06

昨日図書館から借りてきた『歌よみに与ふる書』(正岡子規)を読んでいる。すると、94ページから「曙覧の歌」という評論が入っている。解説を読むと、正岡子規が歌人として橘曙覧を雑誌『日本』(1899年)の中で紹介して、それ以降に世間は橘曙覧を認めるようになったそうだ。この「曙覧の歌」という評論は、その『日本』に掲載された評論のようだ。

橘曙覧を発見したのは正岡子規とのこと、子規は当時29歳であり、30歳前の若者の確かな眼力に敬意を表する。子規は彼の歌を「塵気(じんき)を脱して世に媚びざる」と称している。なるほど。自分も、実は、昔から橘曙覧の歌は好きであったが、特に感銘を受けた歌をいくつか下に記す。

  • 吾歌(わがうた)をよろこび涙こぼすらむ鬼のなく声する夜の窓
  • 灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼吾ひめ歌の限りきかせむ

この鬼はデーモンか何かを示すのか。自分の狂気と戦っている橘曙覧の姿を想像する。

  • (銭乏しかりける時) 米の泉(ぜに)なほたらずけり歌をよみ文をつくりてうりありけども

お金に困っている姿を正直に述べている。なお、自分が一番好むのは次の2つの歌である。

  • たのしみはあき米櫃(びつ)に米いでき今一月はよしといふ時
  • たのしみはまれに魚煮て児等(こら)皆うましうましといひて食ふ時

自分が高校1年生の時の現代文の先生は文学趣味が豊かな先生だった。よく詩や詩人の生涯などを紹介してくれた。この「歌よみに与ふる書」もプリントを配って、万葉と古今の歌の違いを説明してくれた。興味深い授業であった。そんなことを急に思い出す。若い頃に教えてもらったことはいつまでも覚えている。その先生の影響で高校生のころ、いくつかの詩歌に親しんだ。

ところで、子規は万葉集を写実的であると賞賛しているが、この点は異なると思う。万葉集巻一第二歌に次のような歌がある。

  • 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は

イメージとしては、山の上に立って野や海を見ればそれぞれ豊かに栄えている様子を見て満足している舒明天皇が想像できる。しかし、これは実際の風景を見て詠んだ歌ではなくて、この歌のように国土が栄えてほしいという呪術的な歌(国見の歌)であると言う。

ラスコーの壁画も動物たちの姿を忠実に写したのではなくて、獲物たちが豊富であるようにとの呪術的な願いを込めた絵であるようだ。古代に遡れば芸術的に見えるものでもすべては人間の願望を確実にしようとした呪術であったと言えよう。そんなわけで万葉集の多くの歌は実際の風景をみて感嘆して詠んだのではなくて、他の意図があって創られたようだ。そんなことも今度じっくりと関係する本を読んで調べてみたいと考えている。

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