言語政策とインターネット

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2015-06-16

このサイトを今後どのように運営したらいいのか迷うことがある。このサイトが「固定ページ」の部分といわゆる純粋な「ブログ」の部分に分かれている。前者は言語政策に関する資料を展示しているし、後者はなにやら私自身の近況報告になっている。この両者の整合性をどうしたらいいのか迷うのである。

言語政策に関心を持ち始めたのは、25年ほど前だ。それ以来コツコツと資料を集めてきた。その間に1995年ごろから急速にインターネットが普及し始めて、それに対応して言語政策の概念自体も変化せざるを得ないように思う。従来は公的な機関がある言語の普及に対して促進あるいは抑圧をすることが言語政策であった。公的機関の政策に注目していたらそれで良かった点がある。

ただ、インターネットの普及を見ていると、自分自身の考え方が大きく変わっていった。言語の伝播にたいして公的な機関が及ぼす影響力は近年は弱まっているのではないかと考える。若者のほとんどが、スマホを持ち、次から次と新しい言い方が生まれ、それが流行していく。外国の歌や映画が YouTube で簡単に入手できる。そのような変化も言語政策学は注目しなければと考える。

人類がいままで遭遇した大きな知的な変化、すなわち、言語の習得、文字の使用開始、印刷術の発明などに匹敵するのがインターネットの発明だと思う。インターネットの普及の前と後ろでは時代が全く異なる。自分はそんな時代変化を目撃しているのだという点で大きな興奮を覚えるのである。

時代変化の目撃者としての自分がいる。そして、この変化をできるだけ観察して記録に残しておきたいというのが自分の偽らざる気持ちである。言語政策の歴史をインターネット時代の視点から見直すこと、そんなことを行ってみたい。インターネットの発展の歴史、各国のネットの規制の歴史、あるいはネットを運営する人々の間での自己規制の歴史、ネット倫理の必要性がどのように生まれたか。

google 検索の規制を行っている国がある。未成年はラインを使うべきでないという意見もある。それに対して、キーワードをこまめに変えて検索の規制から逃れようとする利用者たち。規制者と規制される側の行動なども興味深いものである。

自分が21世紀の日本にいることで見えてくること、それをしっかりと観察して記録したいと考える。その場合は、このサイト「言語21世紀塾」を模様替えしたほうがいいとは思う。具体的にどうしたらいいのか、迷う次第である。固定ページに示されている各国の言語政策の歴史をさらに充実させること。ブログに投稿するのは授業報告や学会に出て得られた知見などを報告するだけにする。そして、自分の日記的な部分は、他のサイトに引越しをしたらいいのかとも考える。しばらく迷いそうだ。

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