墨汁一滴

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2015-07-19

昨日はお昼頃は台風も晴れて天気が良くなる。家内が洛南のイオンに行きたいというので、買い物に付き合う。家内が買い物をしている間、ソファに腰掛けて、正岡子規の『墨汁一滴』を読む。岩波文庫では字は細かい。このところ、老眼が進んできたのでメガネの焦点が合わなくなり、メガネをはずして読む。

この随筆集は子規のなくなる前年に書かれたものである。なくなった年に書かれた『病床一尺』『仰臥漫録』は悲惨で読むと苦しくなってくるが、比較すると、『墨汁一滴』はまだ元気な時に書かれたようで、外界のことへの関心も高い。当時の明治の情景がよく分かり面白い。5月30日のところに次のように記されている。

これも四十位になる東京の女に余が筍たけのこの話をしたらその女は驚いて、筍が竹になるのですかと不思議さうにいふて居た。この女は筍も竹も知つて居たのだけれど二つの者が同じものであるといふ事を知らなかつたのである。(p.133)

これは東京の女は筍と竹が同じものであることを知らない。田舎の人なら、当然のことが都会では分からなくなっているという。明治の頃ですでにこのような状況だったのかと意外に思える。ここで、1月31日の記述は胸を打つ。次第に動けなくなってゆく自分を省みて寂しさの吐露であろうか。

人の希望は初め漠然として大きく後く小さく確実になるならひなり。我病牀における希望は初めより極めて小さく、遠く歩行き得ずともよし、庭の内だに歩行き得ばといひしは四、五年前の事なり。その後一、二年を経て、歩行き得ずとも立つ事を得ばしからん、と思ひしだに余りに小さきかなと人にも言ひて笑ひしが一昨年の夏よりは、立つ事は望まず坐るばかりは病の神も許されたきものぞ、などかこつほどになりぬ。しかも希望の縮小はなほここに止まらず。坐る事はともあれせめては一時間なりとも苦痛なく安らかにし得ば如何に嬉しからんとはきのふ今日の我希望なり。小さき望かな。最早我望もこの上は小さくなり得ぬほどの極度にまで達したり。この次の時期は希望のとなる時期なり。希望の零となる時期、釈迦はこれを涅槃といひ耶蘇はこれを救ひとやいふらん。(p.13-14)

こんな状態の中でも自分が見聞きしたことを書き留めようとした子規の精神力のたくましさに驚く。病床に閉じ込められたからこそ、外界への好奇心がかえって高まっているとも言えよう。また彼の交友関係の広がり深さにも驚かさせる。常に彼を見舞いに来て、彼を退屈させまいと、面白いしい書画や土産を持ってくる。

正岡子規の病状の悪化を考えると、母がなくなる数年の体の衰えを思い起こし、切ない気持ちになる。母もだんだんと体が動けなくなっていった。立てなくなり、寝返りが打てなくなり、飲み食いができなくなり、排便ができなくなり、できない、できない、が増えていった。子規は体の衰えにもかかわらず、精神の鋭利なること驚くほどである。とうてい我らが真似できるものではない。

この『墨汁一滴』は青空文庫からダウンロードできる。また、アマゾン経由で買うこともできる。下に広告を貼り付けておく。

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