遙洋子氏の講演を聴く

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2015-07-25

本日、2時半から遙洋子氏の講演を聴いた。遥洋子氏はタレントとして活躍し、ベストセラー『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』の著者である。講演の内容は過激なこともあったが、働く女性一般のあり方に自分の経験からの提言があり、非常に面白かった。ここでメモを見ながら内容を紹介していく。メモに記した順に紹介していくので、一見、話が随所に飛ぶように見えるが、講演自体は、女の生き方の追求という点で一本筋が通った講演であったことをまず述べておく。

  • 遙洋子氏は30年間芸能人として働いてきた、そして自分を助けてくれた人との出会いで今日の自分がある。
  • 木原美知子を尊敬している。木原美知子は東京オリンピックの時の水泳選手で若い頃は、藤原紀香に似た美貌の女性であった。今なら、大変な人気が出たであろう。その人も今は他界した。
  • 自分の若い頃はベストやチョッキとは呼ばずにジレ(フランス語 gilet)と呼んでいた。
  • むかし自分はイレブンPMというセクシーなナイトショーに出ていた。
  • その頃のアイドルと言われた人々は年を取ると舞台から消えていった。自分はトークという力を磨いて何とか生き残ってきた。
  • 大阪フェスティバルホールは男のデザイナー、男の発想で作られたホールである。床は絨毯と石で交互になっているので、ハイヒールでは非常に歩きづらい。また、トイレがいつも女性が長打の列になっている。トイレなども男性が設計するからあのようにおかしなことになるのだ。
  • キャリアを身につけよう。日本はジェンダー指数は低くて先進国中に最下位である。女性が非常に住みにくい国である。
  • 女性の成功は2種類ある。1つは自分が社長になることであり、もうひとつは社長夫人になることである。
  • 女性の出世にはガラスの天井がある。医学界でも主流の脳外科とかには女の医者はいない。傍流のところで、女の医者が目立つ。
  • 女の生き方は生存、依存、保存の3種類がある。生存とは中高卒の女性が生きていくために夫にしがみつく生き方であり、それ以外には生きる道はないのでしがみつくのだ。依存は夢見る生き方であり、男性の収入に依存する生き方である。保存のための生き方とは、今の自分をキープするための生き方である。
  • 宝塚出身で「ことぶきちずる」という女性がいるが、この人は力はあった人だったが、結婚を選んだ。選ばなければ、宝塚のトップスターになれただろう。
  • 自分は演劇学校をでて太秦で端役をしていた。自分はいろいろな時代劇に出たが、死体の役が多かった。池に浮かぶ死体とかで寒かったが我慢してそれらの役をした。
  • アヘン患者の足抜け女郎の役をすることになり、監督から片乳を出せと言われたが、自分は断った。女は一回でも脱いだら、一生AV女優と言われる。自分はその申し出を断ったので、賢明な判断だったと思う。
  • 「夢は叶う」と言うがそれは偽善である。
  • タレントに転向して、上岡龍太郎氏のアシスタントを務める。上岡氏は自分にどんどん口を出せと励ましてくれた。アシスタントの自分にどんどんしゃべらせてくれた。
  • テレビのアシスタントはしばしば相づちを打つだけ、同意するだけの存在である。例えば、某番組ではそうである。しかし、上岡龍太郎氏は自分にどんどん口を出せと言ってくれた。それで、自分は意見を磨くことができた。
  • 女が意見を述べると男はいやがるが、やしきたかじん氏や藤本義一氏は違った。「おもしろいじゃないか」と目を輝かせて自分の意見を聞いてくれた。
  • 話は自分の意見を持たないと出てこない。英語も話す内容がないと上達しない。着付けも着物を着てどうするのかという次の一歩が見えないと上達はしない。
  • スポーツアナウンサーは若さが武器であり、声を高めにして話している。
  • 始球式に出るのは若いグラビアアイドルばかりであるので、自分は面白くなくて不満を言ったら、何と始球式の呼んでくれた。ボールが届くように練習しようとして、阪神の左腕であった田村つとむ氏にお願いして、投げ方を教えてもらった。
  • 甲子園のマウンドは聖地であり、そこで始球式にボールを投げさせてもらったのは、ありがたい。始球式のボールを投げるのを決断してくれたのは、さかいオーナーであった。
  • 日経ビジネスに連載をさせてもらった。日経ビジネスに連載で読者から不満がでたが、それでも経営者は自分に機会を与えて続けさせてもらった。
  • 私はシルクちゃんと一緒になってグラビアアイドルたちと戦っていく。

だいたい、こんな内容であった。質問の時間に私が「東大の上野先生からどのようなことを学んだのか」と質問をしたら20分も時間をかけて答えてくれた。

  • 当時付き合っていた男性との結婚で迷っていた。そのときにヒントを得た。男性は癒やし系の女性へと移っていった。
  • いろいろな女性であることの疑問を解決してくれるものとして女性学があることを教えてくれた。東大時代に500冊ほど読んだ。データで納得していくことを教わった。平塚雷鳥とか与謝野晶子のように戦前、戦中から、その時代から女性が抱える問題は現代も変わらない。女性は苦しんできた。それへの解決は学問的、データなどで問題を掘り下げていく女性学であることを上野先生は教えてくれた。

講演は上手であった。声の出し方、話の面白さ、そして女性の生き方にについて示唆を与えてくれる点、またいい男性を見つけて、その人と一緒になって(結婚という意味ではなくて)人生を切り開いていったらいいとの結論であった。 これはむかし、安部譲二の講演を聴いたことを思い出した。それに勝るとも劣らぬくらい迫力のある講演であった。プロの講演者の話はすごい!

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