カラスは賢くて品位がある

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2015-09-17

カラスはあんまり好まれていない鳥である。鳥かごにカラスを入れて可愛がっている人がいるという話は聞いたことがない。毎朝、庭に飛んでくるカラスに餌をあげている人がいるという話も聞いたこともない。また食用にするという話も聞いたことがない。もっとも、ネットで調べるとフランスでは高級食材との記事がある。これは例外であろう。

むかし30年ほど前、新潟県のある寂しい村道を歩いていたことがある。電線にたくさんのカラスが止まっていた。道を歩いているのは私だけである。車も通らない。カラスがどうも私の方を見ているような気がした。私はたまたま傘を持っていたが、ふといたずらに、傘を鉄砲のように持ち上げて、カラスの方向に狙いを定めてみた。

するとカラスたちは一斉に飛び立って逃げていくのである。これには驚いた。私が持ち上げた傘を何に尋常ならざるものと感じたようだ。あるいは人が通常は行わないような行為をするのを見ると、危険と察するのであろう。たしかに、道の真ん中で、急に立ち止まって、傘を持ち上げて鉄砲の真似をする人は滅多にいない。

それ以来カラスは賢い生き物であると認識するようになった。新聞などでもカラスの賢さを示す記事が多く見つかる。金沢の兼六園の苔の下には蝉の幼虫が潜んでいる。そしてある時期になると蝉になるために木に登ろうと土の中から一斉に現れる。カラスはその時期を知っていて、待ち伏せて、幼虫に襲いかかって食べてしまう、という新聞記事を読んだことがある。7年ほど地中に潜んでいて、ようやく羽を伸ばそうと地上に出てきたら、カラスに食べられてしまうのでは、蝉の幼虫も気の毒である。

今日の夕方一羽のカラスが家の近くを舞っていた。羽を広げて優雅に飛んでいる。黒光りするその姿には気品が感じられる。賢くて、高い生存適応能力を持っている。人類が滅んだ後は、カラス天下か?

アメリカの小説家ポーには大鴉という不思議な詩がある。難解な詩であるが、作者のカラスに対しての敬意が感じられる詩である。壺齋散人という人が「大鴉 The Raven:エドガー・ポーを読む」というサイトで訳しているので第7連と8連を下に掲げて紹介する。

わたしが格子を押し開けるや バタバタと羽をひらめかせて
大きな烏が飛び込んできた 往昔の聖なる大鴉
傲岸不遜に身を構え ひとときもおとなしくせず
紳士淑女然として 扉の上にとまったのだ
わたしの部屋の扉の上の パラスの胸像の上に
とまって座って それだけだった

この漆黒の鳥を見て わたしの悲しみは和らいだ
気品に溢れた表情が おごそかでいかめしくもあったゆえに
お前の頭は禿げてはいるが 見苦しくはないとわたしはいった
夜の浜辺からさまよい出た いかめしい古の大鴉
冥界の浜辺に書かれているという お前の名はなんと言うのか
大鴉は応えた ネバーモア

ポーが大鴉に敬意を表しているのが分かる詩である。ゴミ袋を破って中を荒らすから嫌われるのか。日本文化の中で何故にカラスがこのように嫌われるか不思議である。大空を舞うカラスの姿は優美であると私は感じるのだが。

photo credit: Crow Perched at Red Fort in Delhi via photopin (license)
photo credit: Crow Perched at Red Fort in Delhi via photopin (license)
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