卒業生Nさんと再会する

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2015-09-22

昨日は卒業生のNさんと京都駅で10年ぶりに再会した。先週、同窓会があり、そこで私のブログの存在を知っていたTさんから、私のブログのURLを教えてもらったそうだ。それで、ブログのコメント欄に「今度京都に行くので是非会いたい」を書き込み、私もそれを受けての再会となった。

この日の京都駅はたくさんの観光客で混雑していた。うまく出会えるかと思っていたら、横から懐かしい声がする。「先生じや、ありませんか」、そう、Nさんの元気そうな顔が見えた。

夕食をとることになり、接方来という京野菜の料理店に入り、いろいろと積もる話をした。Nさんは30年前と同じような初々しさが残っていた、声はちょっとかすれてきたか。Nさんは小学校の教員をしているので、毎日声をたくさん出さなければならない、どうしても喉を痛めてしまうのだろうと推察する。

京都にきた主たる目的は、南座で今行われている新作歌舞伎を観劇にきたとのこと、『あらしのよるに」というタイトルである。自分が知っているのは『仮名手本忠臣蔵』のような有名な歌舞伎だけなので、初めて聞いたタイトルであった。Nさんは歌舞伎や劇を観るのが好きで、一つの大切な趣味にしている。

なお、Nさんから南座のお土産としてお菓子をもらった。その写真を下に掲げておく。

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「俳風お好焼き」とある。名刀の味、俳句の味とある。パリとした食感でゴマの味とミックスされてなかなか乙な味である。南座の土産としては最適かもしれない。

Nさんは他の趣味では、日本百名山に関心があるそうだ。それらに登ってみたいという。北アルプスの燕岳(つばくらだけ)に登って時の写真を見せてもらった。自然は迫力があるけれども、そこにたどり着く登山自体はかなり大変な労力がかかったのではないか。そのほかに、今まで、開聞岳、屋久島、北海道の礼文島を訪問したそうだ。友人のHさんと一緒にふと思い立っては二人で旅に出るという。

ところで、Nさんだが、ときどき教員としての職業に疑問を持つこともあったと話してくれた。特に正式採用となったからの数年は「これでいいのか」と自問自問を続けたそうだ。児童の家庭訪問の日の帰りに、ふと恩師のK先生(数年前に、若くして世を去られた)を訪ねた。その時に自分の悩みを打ち明けたら、「一日持てば一週間持つ、一週間持てば一カ月持つ、一カ月持てば一年持つ、一年持てば一生持つ」とK先生から言われた。それが自分の人生において初めて心にしみた言葉だったとNさんは語る。

その言葉に励まされ支えられて今までこれたとNさんは言う。人間は生きる支えとなる言葉に出会えれるかどうかが、その後の人生を大きく決めていく。

いま、Nさんは48歳だ。自分よりも16歳も若い。自分が48歳の時はどうであったか。そのころの自分はあせる気持ちばかりでどうしていいかわからなかった。今でも達観してはいないのだが。この日のNさんはニコニコ笑って人生の成熟期にある余裕を見せていたが、内心はいろいろと焦る気持ちがあったのかもしれない。

食事のあと、Nさんは伏見の方の宿に向かう。改札口まで見送ったが、こんどNさんと会えるのはいつであろうか。人生という不思議な道をそれぞれが静かに歩んでゆく。

 

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卒業生Nさんと再会する」への2件のフィードバック

  1. 人には、生きる支えになる言葉が必要、共感します。k先生の言葉、なかなかの名言ですね。私は高校2年の時の担任に、「あなたの天職は教員だ」と言われ、迷った時もぶれずに今まで貫いてきました。また彼はあるとき、「偉人伝なんて子ども騙しで嘘ばかりだ」とも言っていました。その言葉は、その後の私の読書観に大きな影響を与えました。人生は、いくつになっても悩み、迷うものですね。先生の推察通り、nさんも余裕の笑顔の裏側には、きっと、焦りや悩みを抱えていることでしょう。また、数年後くらいに再会出来ると良いですね。

    • namakoさんへ コメントありがとうございます。生きる支えになる言葉と出会えるかで、その人のその後の人生を大きく変える気がします。namakoさんの高校生の時の先生の言葉が職業の選択を決めたわけです。今度はnamakoさんの発する言葉がnamakoさんの生徒の将来を決めることになるかもしれません。言葉とは不思議な魔力があります。

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