歌舞伎と能

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2015-09-23

自分の卒業生が南座で公演している新作歌舞伎を見るために京都に来た話を先日した。そこで歌舞伎や能などの古典芸能なるものをちょっと考えてみたい。まず、能の話からしたい。自分は正直言って、能は退屈で観るのがしんどい。語っているセリフがわからない。雰囲気は好きだが、セリフが分からないので楽しめるのは最初の30分ほどである。これは自分が悪い。事前に、あらすじを学習してから見に行くのがよい。

それに対して、歌舞伎はそのまま劇場に行っても、ある程度は話を追っていくことはできる。日本語が分かりやすい。江戸時代の言葉だから現代の言葉とそんなに離れていない。一方の能は室町時代の言葉で現代とはかなり離れている。分かりづらい。

むかし『隅田川』という能を見たときに、横にいた中年の女性たちはある場面で泣いていた。さらわれた子供を追って隅田川まで来たが、子供とは遂に会えなかった、という話だ。おそらくこの女性たちはセリフを事前に読んで内容を理解していたので、クライマックスの場面で感動のあまり涙が出たのであろう。その時は、私はキョトンとしていて、事前に準備してこなかったことを悔やんだ。

歌舞伎は急に劇場に行っても大丈夫だ。仮名手本忠臣蔵を観劇したことがある。内容は簡単で見当がつく。姿や衣装も見ていて楽しい。塩谷判官の宿敵である高師直がいかにも悪人づらで登場するのには笑ってしまった。また大石主税がバカのふりをしている姿も分かりやすい。

悪人はあくまでも悪人で、善人はあくまでも善人でという単純な善悪二元の世界なので、観客は安心しても見ることができる。これが、悪人と思われていた人間の複雑な心理の葛藤劇などを見せられると観客としては落ち着かなくなる。

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最近の若い人は能や歌舞伎を見に行くのだろうか?私は北陸に住んでいたときは、薪能をよく見に行った。薪を燃やしで、明かりをとり、中央で能が始まる。小鼓とか笙が演じられて(楽器の名前はよく知らない、間違っていたらご容赦を)、独特の音楽が流れる。歌舞伎は三味線なので華やかであるのに対して、能の音楽は落ち着いた音である。

また金沢市では能楽堂があり、そこでは無料で練習風景を見せてくれる。私は昔だが、暇つぶしによく見学に行ったものだった。

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この分野は今までの自分はあまり深く触れる機会がなかった。退職して時間的な余裕が出たら見に行くのもいいなと思っている。また、近年は新作歌舞伎や新作能があるそうで、そちらから入ると分かりやすいのかもしれない。

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歌舞伎と能」への2件のフィードバック

  1. 越谷市にも能楽堂があります。が、私は能を鑑賞したことがありません。歌舞伎は、難しい演目もありますが、コミカルなものも多く楽しく見ることができます。特に私が好きなコミカルな演目は、「高坏」「身替わり坐禅」などです。おっしゃる通り歌舞伎の見どころは、華やかな衣装や音楽もあります。それに加えて、私個人的には役の付かない若手役者の華麗なアクションです。ジャニーズ事務所のタレントも恐れるであろうハードなアクションです。もう女心を鷲づかみです!

    • 能は難しいですので、事前に本を買って、ある程度あらすじを知っておくとかなり楽です。でも、能はあんなに分かりづらいのに、狂言は非常に分かりやすいです。どうしてでしょうか。それから、「高坏」「身替わり坐禅」はおそらく、新作歌舞伎でしょうか。新作歌舞伎ですとかなりわかりやすいと思います。あと、自分は曽根崎心中が好きです。大阪にお初と徳兵衛の神社があります。このブログの3月26日に二人を祀った「露天神社」を訪れた話を載せています。Namakoさんも、こんど大阪に行く時は寄るといいと思います。ひっそりと目立たない神社ですが、それがいいのです。

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