オーストラリア(3)

スポンサーリンク
Pocket

2015-10-26

第一次世界大戦、第二次世界大戦では、宗主国イギリスと共に連合国側として戦った。オーストラリアは第一次世界大戦の時に、連合国の一員として、トルコのガリポリに上陸作戦に参加した。その時に、オーストラリアは8700人の死者と2万人ほどの戦傷者を出した。当時のオーストラリアは人口が700万ほどの国であり、そんな国に2万人ほどの死傷者は大きな衝撃を与えた。毎年、4月25日は戦闘に参加したオーストラリア軍とニュージランド軍を追悼して、ANZACの日(アンザックのひ)もしくはアンザック・デーと呼ばれ休日となっている。

また、第二次大戦では、日本によるシンガポールの占領、イギリス海軍の敗北などを見て、イギリスへの過度の依存を反省する切っ掛けとなった。

戦後は、アメリカやアジアの諸国との関係を深めている。長らくオーストラリアは白人の移住しか認めない白豪主義(White Australia Policy)をとっていたが、1960年代から方針を転換し、1970年代からは世界中から移民を受け入れる多文化主義(multiculturalism)を採るようになった。いまでは、ベトナムなどからの移民が目立っている。

現在のオーストラリアは中国の存在が大きくなっていく中で、自国の立ち位置を模索しているように見える。

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください