桂川イオンで大きなクリスマスツリーを見る。

スポンサーリンク
Pocket

2015-12-23

今日は桂川イオンに買い物に行った。大変な人の数である。イオンの経営者は笑いが止まらないであろう。毎日、どれ位のお金を稼いでいるのだろうか。

屋上の駐車場からエレベータで一階に降りると大きなクリスマスツリーが目に入った。華やかで何人かの人がスマホで写真を撮っている。私もまねして同じく写真を撮ってみる。この大きなクリスマスツリークリスマスだが、クリスマスの後はどうするのか。分解してどこかに収納して、また来年のこの時期に組み立てるのか。

などと頼まれてもいないのに、収納場所の心配をしたりする。その写真を下に記す。ところで、この日はそこら中に「メリークリスマス!」の表記がある。Let’s make  a Christmas! などのモットーも見える。たくさんの非キリスト教徒である日本人が、クリスマスの買い物をしている。

イオン桂川の中央広場
イオン桂川の中央広場

我々は宗教に関心がない人が多いから、このメリークリスマスの持っているメッセージ性に対して鈍感なのである。実は、アメリカでは、学校やスーパーではメリークリスマスの標語を取り去ろうという動きがある。そのことを自分の別のブログで述べている

つまり、アメリカにはたくさんのイスラム教徒やユダヤ教徒がいる。今やアメリカ社会は多文化・他宗教の社会になったのである。そのために、特定の宗教、つまりキリスト教徒だけの祝日を盛大に祝うのは、はばかられる風潮がある。

同様な傾向として、西暦や紀元前という言い方が、これまでのAD. BC. という言い方から、西暦はCE (=Common Era)、紀元前はBCE (=Before the Common Era) という表現に変わりつつある。そのことも別のブログで述べている。西暦ADは「主の年」という意味のラテン語の、Anno Domini を省略したものであり、紀元前BCは Before Christ の略語であり、「キリスト生まれる前」という意味である。現代のアメリカでは、この表現が非キリスト教徒の人に取って、当惑なるのではという配慮がでてきた。

しかし、このあたり、あまり深く考えなくてもいいのではないかというのが、日本人の発想なのだ。楽しそうなことは表面だけと言われようとも楽しもうという姿勢である。ハローウインもゲルマンの古俗に由来するのだが、カボチャに顔を描いて、魔女やモンスターの格好をするなんて、楽しいではないか。

さて、我が家だが、家内の発案でクリスマスは互いにプレゼント交換しようということになった。家内がくじを作り、各自が引く。そこに家族の他のメンバーの名前が記してある。その家族のために、1000円ほどのプレゼントを購入して、クリスマスの当日に交換する予定だ。あんまり宗教的な意義は考えていない。

私の本音を言えば、毎日がお祭りであればいいなと考えている。人類はもう十分に発達した。巨大な生産力を上げるだけの力を持っている。軍事とか巨大な建物の建築などにお金を使わずに、庶民の生活のためにだけ、お金を使うことにすればいいではないか。ベーシックインカム制度も可能だろうし、今の全人類が毎日をお祭りのようにして楽しむだけの富を生産しているのだ。

そんなことを考えながら、非キリスト教徒の自分は、ソファに腰掛けて、イオンの店内に流れるクリスマスソングを楽しんでいた。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください