寒中見舞いの葉書をもらう。

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2016-01-14

寒中見舞いの葉書を卒業生のNさんからもらった。Nさんは今年はクラシック音楽をいろいろと聴いてみたいと述べていた。そんなことでクラシック音楽の思い出を若干述べてみたい。

大学生の頃、クラシック音楽がとても好きでよく聴いていた。その頃はLPプレイヤーという機械で音楽を聴いていた。LPという大きなレコード盤をそこに乗せると回転が始まる。盤の上に針を静かに置いて、音楽が流れ出るのを緊張しながら待つ。

その頃はLPはだいたい一枚2000円だった。40年前の2000円は大金であった。必死の思いでお金を貯めてLPレコードを買ったものだった。中学生の頃、学校の音楽室で『英雄』を聴いて感動して、貯めたお金で近所のレコード店で『英雄』を買って家で聴いてみた。しかしなんだか音がまったく違う。何だ?と首をかしげた。

後で、分かったのだが、学校の音楽室で聴いたのは、ベートウベン『英雄交響曲』であったが、私が買ったのはショパンの『英雄ポロネーズ』であったのだ。これでは全く音楽が異なる。中学生の頃はそんなことも分からなかったのだ。

さて、私が大学生の頃に、レコードが急に安くなった。今まで2000円だったのが、廉価版が発売されて定価1000円となったのだ。消費税がない時代で、大学の生協で購入すると2割引で800円で購入できる。これは非常にありがたかった。アルバイトで金が入るとかなりの量の廉価版のレコードを購入した。

また、お茶の水の駅からの坂を下ったところにDisk Union というレコード店があり、そこではレコードの輸入盤を売っていた。輸入盤はこれまた安くて一枚1000円前後であった。マーラーとかブルックナーなどが充実していて、そこで交響曲は買いそろえた。

いろいろと安くレコードを購入する方法を研究して、だいたい大学の4年生の始め頃には、一応の有名な曲は集めた。300枚ぐらいであろうか。

賑やかで華やかな曲が好きだった。オーケストラが一斉に鳴り響くような曲が大好きだった。ただ、モーツアルトはどうも私は好きでなかった。友達の多くは、モーツアルトがいいと言うが私はよく分からなかった。有名な評論家の小林秀雄が『モオツアルト』という評論を書いて、友達の間では評判であったが、読んでもよく分からない。小林秀雄という人は訳の分からない文章を書く人だなという印象であった。もちろん、それは私の文章読解力が足りないからであるが。

今は昔ほどクラシック音楽は聴かない。せいぜい、時々バッハの曲を聴くくらいである。たまに、YouTube で、昔好きであった曲を聴くと、昔の若かりし頃の思い出がいろいろと蘇ってくる。今では、曲自体の美しさに惹かれて曲を聴くというよりも、その頃の思い出を味わいたいと曲を聴くことが多い。

シベリウスのバイオリン協奏曲、フランクのバイオリンソナタ、ブラームスの2番と3番の交響曲、チャイコフスキーの4番と5番の交響曲、ベートウベンの月光、悲壮、熱情などのピアノソナタなどは、若かった頃の自分を思い出す。これからの自分の人生はどうなっていくのか、何が待ち受けているのだろうか、期待しながら、何か素晴らしいことが起こりそうな予感をいだきながら聴いたものだった。

振り返ってみると、自分の人生には、たいしたことは起こらなかった。平凡な人生であった。若干の浮き沈みはあったが、大きな喜びもなければ、大きな悲しみもなかった。まあ、それでいいのだろうと思う。これからも平穏な静かな日が続きますようにと祈るのみである。


 

ところで、2014年11月2日に、このブログに「自分の音楽の思い出」という記事を投稿している。その記事を読み返すと、好きな曲がやや異なっている。そして小林秀雄のことも高く評価している。どうも、自分は「思い出」さえも変化しているようだ。記憶が変容するようだ。

photo credit: technics1210-dnbleague-wallpaper-1440x900 via photopin (license)
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