火葬されるということ。

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2016-01-16

母親が火葬された日を思い出す。死後24時間は火葬の許可が下りないので、次の日はお通夜、翌々日は葬式で、その後に火葬場に運んだ。30分ほどで焼きあがったとの連絡が来た。昔の火葬場は火力が弱くて2時間ほどかかったが、最近は強い火力を使っているので時間が短縮された。

つい数日前まで息をしていた母の肉体が、あっという間に骨と灰に変化するのをみるとは胸が詰まるものがある。骨を骨壺におさめて火葬場を後にした。

私自身は火葬は嫌いである。火葬されたくない。とにかく熱そうである。死んだら分からなくなるからいいではないかという人がいるが、たとえ死体となったとしても、あんな狭い空間に入れられて燃やされるのはお断りしたい。

自分の理想は土葬である。できたら、大きな木の下に埋めてもらいたい。自分の肉体が次第に溶けてそこに木の根が張ってきて、自分の肉体のエキスを吸い取る。それが幹の上を登って葉となる。秋になると葉が落ちて地面に重なる。その葉が腐り、腐葉土となって木の根から栄養として吸収されて、また木の幹を登って葉となる。

そんな感じで、永遠に循環するのならば、自分の肉体の消滅という現実を何とか受け止められそうである。

ところで、日本では法律で火葬と決まっているのではないことが分かった。どちらでもよいそうである。高知県では14%の人が土葬を選ぶそうである。ただ、東京都では、条例で火葬だけと決まっているそうだ。

そこで、私の取るべき道は次のようになる。土葬を認めている都道府県を探す。見つかったらそこに引っ越しをする。そしてある程度の面積のある土地を購入する。そこに墓地を用意しておく。そして埋葬(土葬)する場合には、事前に都道府県の許可を得ておく。そして、埋葬をする。

そのような希望を息子たちに話したが、息子たちは、そんな面倒くさいことはしないで、すぐに私の身体を火葬すると言う。弱ったものだ。親不孝な息子たちだ。

話が変わるが、身体の保持が復活の時に必要だと考える信仰は根強い。エジプトのミイラたちは不滅の肉体があってこそ、永遠の命が保障されると考えたのだ。当時の医学の知識を総動員して、ミイラを作ったのだ。

自分が火葬を恐れる理由は、本当は次のことだろう。土葬ならば肉体は残り復活の可能性が若干でもあるように思える。しかし、火葬ならば、その可能性が全くゼロになる。そのことが怖いのだ。と自分は思う。たしかに、熱い火で焼かれるのを避けたい気持ちもあるのだが。

photo credit: Its Not Cold Anymore via photopin (license)
photo credit: Its Not Cold Anymore via photopin (license)
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