卒論の口頭試問を行う。

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2016-01-26

今日は卒業論文の口頭試問を行っている。私が担当したのは英語教育関係の卒論である。ひとつ気になったことは、多くの学生が、「日本の英語教育は文法中心であるからよくない。もっと会話中心にすべきである。」と主張していることである。

「文法事項はたくさんの文に接することで自然と理解されていく。無理矢理に文法事項などは覚えさせる必要はない。」という考えを述べてくる。それは本当にそうであろうか。私は疑問に思う。

文法事項を理解して英語を覚えていくことが、実は一番の最短で効果的な方法だと思う。たとえば、仮定法過去完了とか動名詞とto不定詞の違いなど、説明されると直ぐに分かるが、これを沢山の英文に触れて、そのような法則を帰納的に見つけていくのは相当な時間がかかる。あるいは、その法則はいつまでたっても見つからないかもしれない。

英語はフレーズだけ覚えればいいという意見がある。たとえば、旅に出ることになったとしたら、基本的なフレーズだけでいい。「ありがとう」「駅はどこですか」「シングルルームはありますか」などの表現を200ほど覚えたらなんとかなるかもしれない。しかし、フレーズだけでは、会話はそれ以上は進まない。単なる挨拶の交換に留まるだけだ。

ある程度親しくなるためには互いに情報交換できるだけの会話力が必要となる。「来年ぐらいに再びオーストラリアを訪問したいのだが、自分は環境問題に関心があるので、特に、絶滅しそうな動物植物をどのようにして乱開発から守っているかという点に関して、連邦政府と州政府の対応策を知りたい。」というくらいの会話を交わしてはじめてある程度の意見交換ができる。それで互いにメールアドレスを交換して、長いおつきあいをしようかということになる。

挨拶だけではなくて、ある程度実りある会話をするためには、きちんとした構造の英文を表現する必要がある。それには正攻法で学んで英語力、つまり文法力を駆使して整った英文を話し書くことが必要だと考える。

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