音楽の思い出

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2014-11-02

今、京都のアパートに住んでいる。3部屋と居間いわゆる3DKのアパートである。部屋は子どもの勉強部屋にしたので、自分用の部屋がない。昔は自分の部屋で音楽を聴くこともできたが、今は無理だ。イヤフォンで音楽を聴くのはあまり好まない。音楽を聴くのは主として車を運転している時だけになってしまった。

中学生の頃、『英雄』という音楽が素晴らしいと聞いて、レコード店で購入して聴いたら、どうもオーケストラの迫力ある音と違ってピアノばかり聞こえてくる。のちほど、自分はショパンの『英雄ポロネーズ』を買ってしまったことが分かった。この曲は退屈と感じて好きではない。

学生の頃、父から10万円ほどのステレオセットを買ってもらった。薄暗い部屋の隅っこでいろいろな曲を聴いていた。シベリウスの『ヴィオオリン協奏曲』、マーラーの『巨人』『大地の歌』、チャイコフスキーの『交響曲5番』『交響曲4番』、ベートヴェン『クロイツエルソナタ』などを聴いていた。学生の頃は時間の余裕があるので、ゆっくりと聴くことができた。社会人になってからは、つねに何かに追われていて、ゆったりとした気持ちになることができない。

ある冬の日のラジオで素晴らしい音楽が流れてきた。それはシベリウスの『交響曲第1番』(バルビローリ指揮)であり、初めて聴いた時の感激は忘れられない。社会人になって車で通勤するようになってからは、冬の日はよくシベリウスやチャイコフスキーの曲を聴くことが多かった。どうしてか、北方の国の作曲家の音楽は冬の雪景色に似合うように感じる。

音楽評論の本を読むこともあった。小林秀雄のモーツアルトの評論の影響で、『ト短調の弦楽五重奏曲』k516 を聴いたり、遠山一行の本がバッハを薦めるのでそのレコードを買い始めたりした。たしかに、シャコンヌはとてもよかった。宇野功芳というかなり情熱的に音楽を語る人の本を読んで、ブルックナーを何枚か購入した。芥川龍之介の息子が書いた岩波新書『音楽の基礎』が勉強になった。それをきっかけにフランクの『ヴィオリンソナタ』を聴くことになったが、これもよかった。

学生時代に一番好きだったのは、ブラームスである。特に交響曲の『第2番』(ミュンシュ指揮)、『第3番』(フルトベングラー指揮、カラヤン指揮)、『第4番』(ワルター指揮)はお気に入りだった。『ヴィオリン協奏曲』のオイゲンヨッフム指揮、シゲティ演奏の盤は一風変わったスタイルだったが自分は好きだった。また『二重協奏曲』や『ピアノ協奏曲2番』も素晴らしい。

社会人になってからは聴く時間がなくなった。断片的な時間を見つけては、ちょっぴり聴いてみる、というような方法になった。だいたいは、通勤の時間帯を利用して聴くようになった。バッハの『管弦楽組曲第2番』は最高である。あのフルートの鳴り響くあたり、神業としか思えない。『マタイの受難曲』も通して聴くのは大変だが、選曲集を聴くのは楽しい。『音楽の捧げもの』『無伴奏のヴィオリンのためのソナタ』『平均律』なども安心して聴ける。

有名な『トッカータとフーガ』は苦手である。むかし気持ちの悪いホラー番組の中で、怪物が現れる場面でこの曲が使われていた。そのために、この曲を聞くとその場面と結びついて気味が悪くなる。

今はドライブのときに音楽を聴くことが多い。最近は『イギリス組曲』『フランス組曲』『インヴェンション』などを聴いている。グレングールドによるピアノ演奏もいいが、チェンバロの演奏で聴くのも悪くはない。

退職したら時間の余裕が出てくる。故郷に戻れば自分の部屋を持つことができる。ゆったりとした時間の中で、若い頃に感動した曲を再度聴いてみたい。たくさんの LPを実家に置いてきたが、それらが私の帰りを待っている。

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