殺人事件の93%は….

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2014-11-25

昨晩のFox Radio では、Fergusonでの白人の警官による黒人の少年の射殺事件についてGrand Jury Decision(大陪審の評決)を人々は固唾を飲んで待っている旨のニュースがあった。そこで、Meet the Press という番組で二人の識者が激しい論戦をしたことが伝えられる。二人論戦の模様が再生されたが、二人とも興奮していて早口で私にはよく分からない。ただ、白人を擁護する識者は、「黒人の殺人事件の93%は加害者は同じ黒人である。なぜ例外的な白人による黒人の殺人にのみ注目するのか。大多数の黒人による黒人の殺害に注目して、これを減らす為の対策を考えたらいいのでは」と述べていた。

二人の論戦で、どちらに組すべきかは別として、印象に残ったのは、論者達は興奮しながらも数字を挙げて何かを証明しようとしていたことである。日本人ならば別の論戦方法を取るだろうと思われる。数字、具体的な事項をアメリカ人は好む。

永井荷風の『摘録 断腸亭日乗(下)』に次のような文章がある。昭和15年の5月16日に書かれた文章で「余は日本の新聞の欧州戦争に関する報道は英仏側電報記事を読むのみにて、独逸よりの報道また日本人の所論は一切これを目にせざるなり」(p.91)がある。

この当時、永井荷風のように、若くしてアメリカ、フランスに行き、西洋事情に明るくて、またフランス語が堪能でフランス語による情報も得ることのできる人は稀であろう。一般の人々は、新聞かラジオでニュースを聞くのみで、情報を吟味して選択する力はなかっただろう。繰り返し流される報道に、何かおかしいと感じながらも、次第に洗脳されていく。

現代では、メディアリテラシーの重要さが叫ばれている。日本のように多くのメディア媒体があり、比較的自由にその媒体を選べる場合でも、偏見や視野狭窄に陥ることがある。比較的客観的であると思われる数字でさえも作為的に作られる。マスメディアの報じる数字のからくりを知りたいと思う。とにかく心がけてマスコミに接しなければと思う。
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クリティカルシンキングに最近関心を持っている。ネットを見てみたら、「批評」(クリティック)とは、19世紀後半にフランス新カント派のルヌヴィエ(Charles Renouvier)が、カントの三批判(純粋理性批判、悟性批判、判断力批判)にインスピレーションを受け、主観的な文献解釈を総称してクリティークと言ったことで、この言葉がよく使われるようになったとあった。この考えが、カントに由来するとは知らなかった。

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