老いという人間の宿命

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2014-12-01

昨日は母の病院に見舞いに行く。母はチューブで酸素を取り入れていた。先週は元気だったが、今週は元気がない。互いにぽつりぽつりと話をするだけで、何を話せばいいのか分からない。中程度の認知症が進んだ高齢者とのコミュニケーションはどのように取るべきか分からない。無理に話しかけを続けた方がいいのか。それとも、黙って見ているのがいいのか。

この病院は入院患者はほとんどが高齢者ばかりである。母の部屋は4人部屋で、それぞれの枕のそばにテレビ(Sharp製、 Aquos)が装備されている。しかし、 テレビはあるけど、それを見るだけの元気のある患者はいない。狭い部屋なのでテレビを見る時は、イアフォーンを使うのか。どこかでカードを買ってきて、カードを差し込む。1000円で1000分を見ることができるようだ。 冷蔵庫も使える。それは24時間で100円である。冷蔵庫とテレビが備わっているのは、設計した時は、 元気な患者さんを想定していたのだろう。このように寝たきりの高齢者は想定していなかったのだろう。

母は指を動かしている。何かリハビリの訓練のことを思い出しているようだ。横のベットに、痛い、痛いと言うのが口癖の患者が入院してきた。看護師はあやしながら対応していた。確かに常にその言葉を聞いていると イライラしてくる。高齢者への虐待がよく報告されるが 仕方がない面もある。

向こう側のベットでは、お風呂に入れるために、看護師さん三人で一人の患者を運んでいく。一人の看護師さんは腰痛の持ち主らしく、他の二人が大丈夫か聞きながら、なんとか運搬用のベットに移し替えていた。いつまでも若くて元気ならばいいのだが、老いという人間の宿命がある。

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