華氏と摂氏

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2014-12-10

永井荷風の『断腸亭日乗六』を読んでいる。昭和二十一年のか所(p.147)に次のような文章がある。「七月十六日、晴、酷暑退かず、華氏九十五度、」とある。昭和21年の頃は華氏を使っていたのか。華氏95度に該当するのは摂氏35度である。これはかなり暑い日である。この当時はまだ華氏の表示を使っていたことである。ネットで見ると、簡単な換算の公式として、°C=(°F-30)÷2 を使うといいとある。この公式を使うと、レイ・ブラッドベリーの有名な小説『華氏451度』は、摂氏で211度ということか。

自分が小学生の頃、家に寒暖計があった。それは右側が華氏で左側が摂氏の記号が付いていた。日本の温度の基準として、いつごろから華氏から摂氏に変わったのか、興味を持ったのでネットで調べてみる。日本では明治維新の時に、ヨーロッパで主に使われていた摂氏の基準を導入したとある。つまり多くの日本人は明治の頃から摂氏を使っていたのである。

その場合、永井荷風も摂氏を単位に使わないでどうして華氏を使ったのか。ここからが私の推測であるが、永井荷風はアメリカに留学していた時に華氏の単位で寒暖を知ることを覚えた、と思う。それで、荷風の家の寒暖計には右と左側に華氏と摂氏の両方の基準が記されていて、荷風はつねに華氏の方の数字を読んで日乗に記載していた、と私は推測する。

しかし、アメリカはいまだに世界標準の摂氏を使わない。長さの単位としてメートル法を使わないで、インチやフィートを使っている。自分こそが世界の標準であるという驕りが見えるように思うのだが。

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