『超高齢者医療の現場から』

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2014-12-29

昨日購入した『超高齢者医療の現場から』を読んでいる。読んでいくと気が滅入ってくる。現在の医療システムでは、これからの超高齢者社会が立ちいかなくなっていくことが分かった。資金不足、医師や看護師の不足、などである。

特養への入所希望者が多くてなかなか入れないという現実がある。この本の中には、さまざまな施設にお願いしても、わずかの期間しか預かってもらえずに、家族が疲弊した例が数多く挙げられている。一般病床と療養病床があって、現在の医療システムでは、前者は入院が長くなればなるほど病院側の収入が減り経営が苦しくとのことである。後者は収入は安定しているが、本格的な治療は受けなれないようである。

母が入院した場合でも、出来るだけ早く退院するようにと強く迫られる場合があったが、これは病院の種類によって違いがあったようだ。社会的入院をできるだけ抑制しようとする国の政策である。

母のことを時系列的に思い出す。はじめは夏に脱水症状で倒れているのは近所の人が発見してくれて、それから、総合病院、ショートスティのホーム、能登島にあるケアハウスと移った。このケアハウスでは比較的長く入所していたが、次第に自力では動けなくなり、退去しなければならなくなった。京都のアパートの一室が空いたので、そこに3年前の5月に引越しをしてもらった。そこで、家内と私の二人でその部屋に入っては食事や洗濯などで母の面倒をみていた。

夏ぐらいにはまた脱水症状が強くなり、動けなくなり一ヶ月ほど近くの病院に入院したが、結局は、施設を探すことになった。大阪に有料の老人ホームがみつかり、そこに入所することになった。毎月かなりの費用がかかり金銭的には苦しかったが、それでも母の食事、洗濯、風呂などの面倒を見ることと比べると、こちらの方がいいと思った。一番困ったのは、夜寝ているときに、オムツが外れて、朝になると、排泄物がベット一面に広がっている時だった。朝の忙しい時だが、シーツやオシメを急いで取り替えて、それから職場に急いだ。家内は子供達の食事や弁当の準備でそちらも大忙しだった。

大阪の老人ホームでは専門家の人たちのケアで母はかなり回復したようだった。そして、同じ系列の京都のホームに次の年の2月ごろに引越しして、よく訪問することができるようになった。しかし、夏頃に、軽い脳梗塞を起こして、入院したが、お医者さんからはもう、食事で口からの栄養補給は難しいとのことで、胃瘻という形で栄養補給をすることになった。

そのお医者さんの紹介で近くの施設に入った。『超高齢者〜』に出てくる事例は、よく退院してからの次の場所を探すのに苦労した例があるが、母の場合は、要介護5であり、胃瘻と痰の吸引が必要なこともあり、比較的 楽に次の施設を紹介してもらえた。要介護が1,2ぐらいの人の場合はまだ元気と判断されて施設を見つけるのが難しいようだ。

その施設で比較的に長くいたが、痰が詰まるようで酸素の取り入れが難しくなり、系列の一般病床に入れてもらったが、一通り症状が落ち着くと、現在の療養病床に転院することができた。

『超高齢者医療の現場から』という本だが、5年前に読んだら、まったくピンとこなかったろう。今は、自分の体験と重なりよく理解できる。とにかく暗い気持ちになった。日本が直面している最大の問題は、失業やエネルギーや原子力ではなくて、超高齢者社会の到来であることが分かった。医療制度、年金制度、介護制度などが崩壊の寸前であること、そして、自己責任という言葉で、真に困っている人々が見捨てられそうであること、も分かった。自分の時にはどうしたらいいのか、準備をしておくに早すぎることはないようだ。

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