ふるさとの谷間の歌

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2015-02-09

1月20日のブログに、母の死を切っ掛けに伊良子清白の詩を思いだし、漂白という詩を書き抜いた。その第4連を再び書いてみる。

故郷(ふるさと)の
谷間の歌は
続きつゝ断えつゝ哀し
大空の返響(こだま)の音(おと)と
地の底のうめきの声と
交りて調は深し

この部分は書き言葉として文字に注目するよりも、音声に注目して読み上げる方がいいだろう。声を出すとしたら次のようにすべてひらがなで記した方がいい。57調で響きはよい。

ふるさとの たにまのうたは
つづきつつ たえつつかなし
おおぞらの こだまのおとと
ちのそこの うめきのこえと
まじわりて しらべはふかし

自分は石川県の能登半島の出身である。山、谷、川、池と自然が豊かな地域である。谷で大声を出すと声が返ってくるので何回も声を出しあって友達と遊んだことがあった。だが、今の故郷には友達も親戚もほとんど残っていない。川にあれほどいた魚たちもいなくなった。田圃にいた蛙やメダカたちも姿を消した。いなくなった人々や生き物たちは地の底で呻いているのか。この第4連は音声が強く響いてくる箇所である。伊良子清白は第1連と第2連では視覚に訴えている。そして、この連では聴覚に訴えて読む人の心をゆさぶる。この詩を読むと、自分の小学生の頃を思い出す。

自分が小学生の頃はあちこちに森があり、巨木があって、神秘的であった。家の周りにも大きな木があって、夜になると家の裏に回るのは恐ろしかった。その頃は電気もなくて、夜は全くの夜であった。対照的に星はきれいに見れたのだが。父の代になって、日陰を嫌って家の周りの木をたくさん切ってしまった。父が亡くなり、母の代になると、徹底的に木を切ってしまい。家は荒野の一軒家のようになった。おかげで日当たりはよくなり、それはそれでいいのだが、神秘的な雰囲気がなくなり、物足りなくも感じた。

伊良子清白のこの詩を読むと、子どもの頃の世界が神秘に満ちていた時代を思い出す。その頃に聞いた音や声を懐かしく思い出す。

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