大学共通テストで英語の民間テストの導入が延期された。


このところ、大きな話題になっているのは、大学共通テストで英語の民間テストの導入が延期されたことである。延期は当然のことだと思う。現段階では受験生たちは英語に関しては、自分がどのように受験してゆくのかイメージがつかめないことだと思う。

7つの民間の英語試験として、英検、GTEC、ケンブリッジ英語検定、IELTS、TEAP、TOEIC、TOEFLと名前が挙がっていた。その中でも、TOEICは7月2日にこの民間英語試験に参加しないと表明したので、それ以降は、6つの民間の英語試験が手をあげていたことになる。

相互の点数の関連性をどうするかということだ。それぞれをCEFRの値に還元して比較するというのだが、それは可能なのか。ネットで見てみると換算表らしきものを見つけた。

http://eic.obunsha.co.jp/eic/pdf/kokushi/2018_cefr/A4_180413.pdf

英検で2630を取るとCEFRでC1と見なされる。この値はケンブリッジ英検で180に換算されるというのだ。

試験となったら、それぞれの民間テストのテスト自体の妥当性が問われる。次は民間テスト同士の換算の妥当性だ。そして民間のテストの採点の妥当性が問われる。

作られた問題は大丈夫か、互いの換算は大丈夫か、採点はしっかり大丈夫か。そして、事前に問題は漏れることはないのか。いずれも首をかしげることばかりだ。

センター入試は非常に厳格に運用されている。間違いはないか何度も何度もチェックがある。そしてちょっとしたミスで新聞で大きく報道される。入試監督も厳しいものである。5分ほど早めに終了したら大騒ぎになる。言ってみれば、電子時計レベルでの細かい運用がされている。

ところが、民間試験は、電子時計レベルの世界に、突然、日時計の世界を持ち込むようなものだ。どうしても、厳密さの基準が合いそうにもない。

私自身は共通テストのようなものは廃止すべきと思う。センター入試を維持するために膨大なコストがかかっている。もう、昔のように各大学で独自に行えばいいと思う。あるいは学部によって行えばいいかと思う。

英語学科でspeaking能力をもった生徒を必要としたら、その学科で責任を持ってspeakingの試験をすればいい。教員が総がかりでインタビュー試験をしても良いし、英検の2級を持っていたら、それを英語の試験に当てると判断しても良い。とにかく、各自に任せたらどうだろうか。

ただ、国立大学は日には決めていたが、それくらいは共通にしてもいいだろう。

 

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作家の安部譲二が死す。

作家の安部譲二(あべじょうじ)が亡くなった。急性肺炎で82歳であった。この人は中学生の時に、暴力団に加わり、その後は客室乗務員、ばくち打ち、用心棒、キックボクシングの解説者などを経験したそうであり、そのような体験をもとにした小説は軽妙なタッチがあり、かなりの人気作家であった。

昔、私の勤めていた学校で安部譲二を招いて講演をしてもらったことがあったが、その話を昔、このブログで紹介した。

この人の講演を聴いて、とにかく頭のいい人だなと言う印象を受けた。体も大きくて堂々としていて、闇の世界にも通じていて、ヤクザとしても一目置かれていたのだろう。彼があるときに、当時の橋本龍太郎元首相のことを、「橋本首相とは麻布中学校で同級生だった。私の方が成績ははるかに良かったのだが」と週刊誌に述べていたことを覚えている。本人も自分の頭の良さにはかなりの自負心を持っていたようだ。

さて、講演の後に、講演会を企画した関係者と安部譲二との間で昼食会を持った。そのときに、奥様が同伴していた。若くて、背のすらっとした美人であった。安部譲二の自伝を読むと、人間関係に関して、前妻とか、前前妻とか、前前前妻という言葉が次から次と出てきて、この人はいったい何人と結婚したのか分からなくなってしまった。でも、毎回、若くてきれいな人と結婚したのだろうと推測する。その日の昼飯会では、話題が豊富で次から次と面白い話をしてくれた。

さて、Wikipediaでこの人の略歴をみると仰天する。話を盛っているのかもしれないが、普通の人では考えられないような生き方であった。この人の一生を伝記にすればベストセラーになりそうだが、それにしても、複雑すぎて、ちょっと生き様を追うのは難しそうだ。

 

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日本人はなぜ「頼む」のか、を恵贈してもらった。

私の畏友白川辺達夫東洋大学教授から、ちくま新書『日本人はなぜ「頼む」のかー結びたいの日本史』を恵贈してもらった。

日本社会とその歴史をいろいろな本が独自の視点から分析している。たとえば、土井健郎『甘えの構造』、中根千枝『タテ社会の人間関係』、丸山真男『日本の思想』がある。それらは独自の分析点を持ってきて、読者をなるほどと言わせる力量がある。

この本も「頼む」という視点から、日本史の様々なことを説明してくれている。「頼む」をキーワードをして見てみると、日本人の社会的な結合や、依存関係がはっきりと見えてくる。私自身は歴史の専門家ではないが、そんな自分が読んでみても、新しい見方、着眼点があったので、有益であった。文章も平易で楽々読める本である。

6月15日は学生を引率してフィールドワークを行った。


6月15日(土曜日)はフィールドワークの日であった。岐阜公園の織田信長の銅像の所に9時半に集まって出席をとり、そこからフィールドワークを行った。この日は数日前の天気予報では、雨の予報がされていたが、幸いにも晴れたのである。正確には曇り空であったので、暑くなくて、フィールドワークには絶好の日となった。

この日のフィールドワークの課題は、岐阜公園を中心にして歩き回り、岐阜の観光促進にはどのようにすればいいのか考えることであった。例えば、宣伝を増やすとか、この道は広げた方がいいとか、ここには駐車場が必要とか、とにかく、地元の観光産業発展のための知恵を出すことであった。

さて、出席を確認して、全員そろったところで記念写真を撮った。

全員の集合写真

写真の背後にあるのは、若き日の織田信長の銅像である。弓をまさに射るところである。天下統一の野望がようやく達せられようとしたときに、明智光秀の手によってその野望は潰え去った。そのような歴史を背景にしている岐阜には、まだまだ知られていない歴史がたくさんあるのだ。

歴史を観光に結びつけて生かすのが、この岐阜市の発展するカギである。正直言って、京都や奈良と比べると岐阜の観光資源は地味である。が、創意工夫によって岐阜市が注目を浴びることがあり得る。1973年のNHKの大河ドラマ『国盗り物語』では、斎藤道三、織田信長などが登場して、この美濃の地を有名にしてくれたが、再度なにか似たような企画がほしいところである。

私自身はそんなことを考えているが、若い学生達は何か他のアイデアを考えてくれるか。岐阜市を舞台にしたアニメがあって、その聖地巡礼があれば、若い世代にはアピールするのではと考えたりする。

私は、この日は、岐阜大仏とか伊奈波神社を訪問する。岐阜大仏は、鎌倉の大仏、東大寺の大仏と並んで日本三大大仏といわれているが、やはりここは地味である。もう少しプラスアルファがほしいところである。

岐阜大仏を見る。
伊奈波神社

昨晩の『バブル』という映画について

昨晩、光テレビで『バブル』という映画を見た。3つの物語が同時に進行して相互の関係はなさそうであったが、最終的には何とか繋がった。日本、モロッコ、メキシコとアメリカの国境地域である。それぞれが言葉が異なって、言葉も心も繋がらない、そんな現代を示した映画であった。

日本編に出てくる聾の少女の「ちえこ」の描き方がアメリカ映画特有の偏見に満ちたものであった。ハリウッド映画では、登場する日本人は必ず男も女も変な人物である。モーレツ社員、ヤクザ、忍者、芸者などである。日本にたくさんいる普通の日本人はハリウッド映画の監督たちの創造意欲にはアピールしないようだ。(監督はメキシコ人である)

ちえことして登場する菊地凛子は何か心の闇を抱えた人物だ。この人は、『ノルウエーの森』にも直子として登場する。そこでも心の闇を抱えた人物として登場する。みどり役の水原希子と対照的な描き方がされていた。

『バブル』は、3つの物語をつなぐものが一丁のライフル銃である。でも、日本人がライフル銃を持ってモロッコに渡って狩猟をするということが可能なのか。飛行機にライフル銃を持ち込めるのか。

モロッコとアメリカ・カナダの話はある程度のリアリティを感じることができたが、ちえこが登場する日本の場面では全くリアリティを感じられなかった。これは監督が日本に関しては全く想像で作り上げた物語だからだろう。

令和を題字にしたアート書道

私の親戚の新伝さんから「令和」を題字にしたアート書道が届いたので、ここに皆様に披露したい。令和を題字にした書道はたくさん出ているが、これはアート書道としてであり、伝統的な書道のスタイルとはやや異なる面がある。それも書道の世界を実り豊かにするものである。

令和
Happy New Year /Happy New Era

新しい時代、令和が皆様に幸をもたらすように!

私の親戚の新伝さんの作品の紹介(2)

新伝さんの作品を続いて幾つか紹介します。いずれも暖かい雰囲気が伝わり、心が豊かになってくる作品だと思います。

次の作品は、とりわけ、女性らしい感性の豊かさと細やかな心遣いが感じられる作品です。

左側にエッフェル塔が見えます。パリをイメージした作品です。
花が咲いています。
右側で微笑んでいる人は作者の新伝さんです。

なお、新伝さんは新しい時代、「令和」をイメージした作品を幾つか完成させようとしています。令和はさっそく書道の世界では盛んに取り上げられています。新伝さんの専門は、書道アートという伝統的な書道に新しい色彩を吹き込んだ分野で、この分野では「令和」を意識した作品はまだ少ないようです。新伝さんの作品のできあがりを楽しみにしています。