ポストコロナ時代とは


コロナの感染がまだまだ続いている。だが、このコロナ感染だが、無限に続くことはないだろうと思われる。いつかは終息するだろう。だが、終息したとしても以前のような世界にはもう戻れない。新しい現実が待ち受けていて、私達はそれに対応していかなければならない。

コロナが集結した時点を想定して、ニューリアリティ、ニューノーマル、ポストコロナなどの用語がマスコミで使われるようになってきている。2020年のこのコロナが広がった時代を経験した我々は、もうコロナ以前の生活には戻れない。新しい感染を警戒しつつ、他人との直接的な接触を避けて、これからも三密を避ける行動をとり続けるだろう。

英語教育はどうなるのか。多くの学校では、オンラインの授業を行っている。対面の授業を行いつつ、希望者にはオンラインでの授業を同時に開講している。英語の授業は、音声によるコミュニケーションがかなり重要である。それも対面でのコミュニケーションが通常のあり方である。ところが、マスクをして会話をすると、口の動きが分からない。声がこもって明瞭には聞こえない。たくさん不便なことがある。不便なことがある。

だが、少なくとも今年と来年はコロナへの感染予防が最大の課題になる。企業でも学校でも同じであろう。オンラインによる英語教育、少なくとも、社会的距離をおいた、少人数での授業が中心になるであろう。

ただ、電子機器の発達が対面授業ができない不便さをある程度は補ってくれる。たとえば、スカイプで外国人講師からの一対一の指導を安価で受けることができるようになった。従来ならば、電車を乗り継いで英会話学校に通っていたことが、自宅で受けることになり、時間と金銭の節約になる。これは教える教員側にも言えることだ。

これから、しばらく、このブログもニューノーマルについて考察してみたいと思う。

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学生と一緒に高富大龍寺を訪問する。

リージョン・スタディーズの授業では、主に地域の文化・経済などを研究している。今回は、近くの高富大龍寺を訪問して、このお寺が地域住民にどのように関係しているのか調査することになった。朝の10時に入り口近くの石碑に集まった。一人欠席の10名参加であった。天気は、晴れて散策には絶好の日和となった。

まず、坂をのぼって地蔵堂がある。ここには、水子を供養している。学生は水子の意味がよくわかっていないようなので、「中絶した胎児、死産した赤子、すぐになくなった子ども」を意味すると教える。昔は、そのようにしてなくなる子が多かったので、水子供養の習慣が生まれたと説明する。こんなところにも、当時の人々の生き様が見えてくる。

地蔵堂の中

 

鐘撞き堂にゆく。学生が二人ほど打ってみた。私も打ってみた。何を祈願して打ってみたのだろうか。

鐘撞き堂

次は、達磨堂に行く。ここでは、祈願だるま・各種お守りを販売している。また、祈願の済んだだるまの供養をも行っている。墨で目を書き込んで奉納するようだ。ここには、たくさんの達磨が並んでいる。値段は、一番小さいので500円ほど、左側に行くほど大きくなり5000円ほどにまでなる。正月などには売れるのだろう。縁起物であるから。

達磨堂

学生が二人ほど右端においておみくじの機械からおみくじを引く。一人は小吉、一人は大吉だ。学生は凶を引くのではと心配をしていたが、最近のおみくじは凶は入れてないだろう。

堂内を見る。

次は、達磨大師座像に行く。その前で記念写真をとる。高さ5メートルの像である。左横に、般若心経が書いてある輪があり、それを回すと般若心経を唱えたのとおなじご利益があるという。私は1っ回してご利益を念じる。

記念写真
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新伝さんから額縁入りの書画を送ってもらった。


親戚の新伝さんに、キンモクセイに囲まれ中央にKnow yourself.と書かれた書画を送ってもらいたいとお願いをしていたら、本日の午後、額縁入りの書画が届いた。研究室のどこかに飾ろうと思った。最初は入り口の扉の前と思ってみたが、学生の出入りが激しいので額縁を傷つけてしまう恐れがあるようにとも思った。いろいろと置いてみたが、とりあえず、本棚の上に飾ってみることにした。机の上のパソコンの後ろもいいかなともおもった。とにかく、いろいろと試行錯誤して最終的にはどこに置くか決めたいと思った。

新伝さんには、わざわざ額縁に入れた書画を送っていただき大変感謝している。柔らかい毛筆の文字と温かいキンモクセイの画像は、癒やしになる。採点などで疲れたら、この書画を眺めて、心を落ち着かせたいと思う。

研究室のドアの横に掲げてみる。
本棚の上に置いてみる。

研究科での学位論文の最終試験があった。


研究科での学位論文の発表会(=最終試験)があった。これは学生たちが修士論文の概要をプレゼンして、その内容について質疑応答を受けるものである。質疑応答を無事に乗り越えれば、合格となり、修士号の授与へとつながる。

この日は、参加者の相当数がオンラインでの参加であり、また机の間隔をあけての発表会であった。そのために、例年よりは、会場での人数は少ないようであった。

この日の発表のうち、自分史のデータベース化について発表されたI氏の題目について紹介したいと思う。

学位論文の発表

I氏は、現代は家族の歴史が消えかけていると述べる。核家族化が進み、子供が家を継がなくなった。親が亡くなると家が解体されて、写真、手紙、仏壇や墓までもなくなる。家族史を書こうとしてもその手掛かりがなくなっている。そんな時代だからこそ、オーラルヒストリーで自分史を語り、DVD化して、記録に残すことが必要であると語られた。

昭和34年(1959年)の伊勢湾台風の時に、警察官であったTさんからいろいろと聞き取りをして、それをビデオ化して残そうとするI氏の試みは興味深い。これは、5,000年ほどの死者・行方不明者をだした大災害であった。

私自身も、2,3年前にバス停で老人と「伊勢湾台風」について話したことがあった。その日は風が強い日で台風が来そうだとニュースで述べていた。その老人は昭和34年の伊勢湾台風はすごかった、と述べた。岐阜県のこのあたりでも川が氾濫して大変であったと述べた。いろいろと話をしてくれたが、大きな災害を経験した古老たちの話はオーラルヒストリーとして記録に残しておくべきと感じた。

I氏が指摘されたのは、個人のオーラルヒストリーを歴史博物館や寺などに集めておくことで、地域文化の伝承に役立つ、知の拠点形成に役立つという点であった。

私自身も祖父母と父母のヒストリーは残しておきたい。写真などもあるので、なんとかわが家の歴史としてまとめたい気もする。しかし、息子たちは関心を持たないだろうな、と感じる。だが、老後の私自身の趣味の一つに個人史、家族史を書くことは面白そうだとも感じる。

山川和彦教授が編集した『観光言語を考える』を読む。


先日、山川和彦教授(麗澤大学)の編集された『観光言語を考える』(くろしお出版)をご恵贈いただいた。ここに感謝の念を表すると同時に本の紹介をしたいと思う。

この本の執筆には、15名の研究者が関与されて、論文・対談・コラムと様々な形式をとりながら、「観光言語」をめぐる諸問題を考察したものである。15名の研究者が独自の視点から論述しており、この本を読むことで、オムニバス形式の授業を受けているような気になる。事実、合計で13章に分かれているので、半期の授業にほどよい分量だなと感じた。

学生には、読んだ本の「面白かった部分はキーワードにして、巻末の索引に加筆することで、自分独自の索引に育てることができる。それにより、再読が容易になり、自分の持っている知識が体系化して、本が使いやすくなる」と常々語っているが、この本はその典型になるであろう。

自分が興味を惹いた点をいくつか紹介する。「言語景観」である。言語景観の変貌は良く語られる。私自分自身も言語景観の歴史的な変化には関心があり、旅行するたびに、何枚も写真を撮って、街角の掲示の様子を観察していた。そのような事情で、第一章の「言語景観とは何か」という章には興味を惹かれた。

日本語以外に英語や中国語などの言語を併記することで言語サービスを高めることができるが、多言語化が進むと、それには限界があろう。その意味では、ピクトグラフとIT機器の進歩による翻訳サービスが注目される。

私はピクトグラムは全世界で自然発生的に広がったと思っていたが、p.147には、「1964年オリンピックで作られたピクトグラムは、その後、日本初の非言語表示として世界に広がっていきました。これこそ、日本が誇るレガシーと呼べるものだと思います」とある。日本で考案されたピクトグラムが世界で普及したのであり、これは東京オリンピックを契機とするものであったようだ。

IT機器の進歩は、あまりに進歩が早すぎて、驚くほどである。タブレットやスマホを片手に観光地を歩き回る若い外国人を見ると、自分も50年ほど遅く生まれていればと羨ましく思う。

この本には、橋内武教授のコラムも面白い。橋内教授は第11章「観光資源としての言語」という対談のなかで自分語りをされている。実は、橋内教授は個人的にも何回か酒の席でお話をしたことがあった。同氏は英語の専門家という印象であったが、それだけにとどまらない、森羅万象に関心をお持ちの方だと初めて知った。対談の中では、奄美への関心、地理学、ダークツーリズム、ハンセン病療養所などにも言及されて、豊富な知識をお持ちであることを知った。

橋内教授は、学会でよくお見掛けするが、時々ふらっといなくなる。後で聞くと、マルタ島、キプロス島など日本人がめったに行かないようなところにも平気で何か月も滞在する。現代の仙人という印象だが、この対談を読んでますますその印象を強くした。

さて、現代はコロナによる観光業への影響が深刻である。今後出版される観光関係の本は、コロナを無視するわけにはいかない。この本が数年後に再版されるときは、コロナに関する章も付け加えていただければと思う。

観光英語を考える

Zoomによる授業の感想

このところ、Zoomによるオンライン授業を行ってきた。しかし、緊急事態宣言も解除されて、徐々に以前のような対面授業に戻りつつある。だが、それでも、以前とはかなり変わった対面授業の様子だ。まず、教員も学生もマスク着用となった。窓や扉を大きく開けるようになった。机や椅子も密集することを避けるために、大きな教室に変更となり、距離を置いて着席することとなった。教壇からも学生は離れて座る。以前よりは、学生との距離がかなり遠くなった気がする。

日本における感染者数はかなり減ってきたが、それでも解除後の気のゆるみから第二波、第三波がくるだろうと予言する人もいる。正直言ってどうなるか、私ごときの人間には全く分からない。専門家たちの間でも意見が分かれるくらいだから、一般の人間には予想は全くつきかねる。

ところで、Zoom の授業だが、この数週間の経験から、いろいろと感想を述べてみたい。

(1)一対一の授業ならば、かなり対面授業のような雰囲気が出る。特に、大きなスクリーンで音声もクリアーであれば、かなり対面授業のような雰囲気が出て授業しやすい。

(2)大人数のオンラインのクラスならば、学生たちの顔が画面上で複数現れてくる。複数だと学生からも質問は出づらい。でも、学生の顔の表情などを見ながら、自分の語ったことは伝わっているのかどうかは、ある程度判断できる。

(3)大多数のオンラインのクラスで、学生たちが顔を隠しているとき。つまり画面上は黒画面しか現れないときは、無機的な何かに単に語り掛けているようで、かなり疲れる。通常のコミュニケーションではなくて、単に自分のモノローグに過ぎないと感じてしまうことが多い。このようなときには、学生に画面を顔を出すように指示した方がいいだろう。

(4)画面が小さいiPad やパソコンでは、やはり臨場感がでない。研究室にある大きなデスクトップのパソコンの画面を見ながらゆったりと語っていくのが一番良い。


以上のようなことを感じた。

ところで、当初は、オンラインでの会議や授業など可能かな、と疑っていたが、いざ追い込まれてせざるを得なくなると意外とできるものだということを発見した。大都市に通うサラリーマンは満員の通勤電車でつらい思いをしていたと思うが、仕事もオンラインで意外とできることが分かったろう。これからは、完全にオンラインでの仕事化は無理としても、週に2,3回は自宅でオンラインによる作業も可能ではないか。コロナがもたらした意識改革としては、自宅での授業や仕事ができるのだということの発見であろう。

コロナウイルスは語学教育を変えるのか?

コロナウイルスの感染が拡大していて、教育機関はどこも対策に大わらわだ。語学教育というのは本質上どうしても向い合って授業をする必要がある。とりわけ最近ではコミュニケーション重視の教育が叫ばれており、対話型の授業が基本である。教員と学生、学生同士と互いに言葉を交わしあう。しかし、それが不可能となってしまった。

対面授業の代替として、オンライン授業が推奨されている。私も慣れないながら今 ZOOM というアプリを使った授業を試みている。もしも、コロナ感染が相当長引いて対面授業への復帰が難しいようならば、世界の言語教育がかなり変化するかもしれない。

外国語とは パソコン、iPad, iPhone などの画面を見ながら音声を聞いて学習するものである、と人々の意識改革が始まるかもしれない。いまに、対話も上手にこなすAIが誕生するであろう。iPhone についているSiri というソフトはその嚆矢であろう。

すぐに、エアコン、明かりなどは音声でスイッチの切り替えができるようになる。自宅にいて、すべての家電品に音声で命令する。そして、電子レンジや洗濯が終了したと音声で伝えてくれる。その音声システムを日本語から外国語に切り替えれば、自宅の中では外国語に囲まれる。いやおうなしに外国語の能力はあがるであろう。

そんな時代には、我々のような語学教師の存在価値はなんであろうかと考えてしまう。ロボットがはるか効率よく語学教師の役割をしてくれるのでは?  100年後は人間の語学教師など、存在しているのかな?

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