発足した。

2016-09-09

昨日の会議である資料の説明をすることになった。「この度、新しい委員会が発足して、、、」という風に語っていた。この「発足」のところで、ふと迷った。「ほっそく」と発音すべきか、「はっそく」と発音すべきか。自分は「はっそく」と発音したのだが、気になっていたのでネットで調べてみた。Yahoo 知恵袋を見ると以下のように記してある。

現代語としての「発足」は、組織・機関・制度などの活動の開始というほどのことを意味しています。そして、この場合の発音は、伝統的・規範的な発音としては「ホッソク」が行われています。
しかし、同時に、今日では「ハッソク」が盛んに行われているところを見れば、「ハッソク」を全く否認するわけにはいかないでしょう。そうかといって、現在のところでは、「ホッソク」に代って、「ハッソク」が現代語としての新しい標準的な発音になったとまでは言うことはできないでしょう。

結論的に言うと、「ほっそく」が正式だが、最近は「はっそく」という言い方が増えている。そんなところか。ところで、Yahoo知恵袋には、さらに次のように述べてある。

「発」には、漢音「ハツ」、呉音「ホチ」、慣用音「ホツ」があります。
「発意・発願・発起・発句・発作・発心・発端・発頭人・発熱」など、いずれも古くは「ホツ(ホッ)」でしたが、今日では「発意・発熱」などは、むしろ「ハツ」と言うのが一般的です。

なるほど。漢音と慣用音と2つあるようだ。NHKのアクセント辞典では、「ほっそく」しか載せていないそうである。つまり、新しい発音である「はっそく」は未だ認めていないようだ。

ところで、話は変わるが、よくラインなので学生からのメールは、「こんにちわ」「こんばんわ」と書いてある。今にそれが標準の書き方になるのだろう。そして、将来は、「私わ 昨日 銀座え 洋服お 買いに行きました」という書き方が一般的になるのであろう。

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西京極運動公園に行く。

2016-02-27

昨日は勤務先からの帰りに西京極運動公園に寄ってみた。自分の職場から非常に近いところにあるのだが、自分は今までこの場所にあまり関心がなかった。ここは京都サンガの本拠地であり、サッカーの試合が行われるときは、たくさんの人が詰めかける。自分はサッカーはあんまり面白いと思わない。野球ならばゆっくりと試合が進む。打者と投手の駆け引きなどをドキドキしながら観戦することで楽しめる。

しかし、サッカーは(バスケットボールもそうだが)、あんまりに動きが早すぎる。試合が進みすぎる。見ていると目がくらくらする。野球のように一つのプレーに作戦を立てて、じっくりと時間が動く方が自分は好きだ。

さて、西京極運動公園は28日に何か試合があるようだが、この日は静かな冬の午後であった。人々はまばらであった。散歩している人がいる。年寄りが散歩しているが、寒くないようにたくさん着込んでいる。若い人はジョギングをしたり、コースの線引きをしたりしている。若い人は運動着ひとつで帽子もかぶっていない。元気なものだなと感心する。

けっこう広いところだ。そして木も多くて緑も豊かである。いくつか写真を撮った。下に掲示する。彫刻が幾つかあったが何を意味しているのか。スポーツ選手を象徴しているのか。

野球場である。
野球場である。
誰もいないところを散歩する。
誰もいないところを散歩する。
球技場の入り口だ。
球技場の入り口だ。
彫刻がある。何を象徴しているのか。
彫刻がある。何を象徴しているのか。

 

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『パイドロス』を読み始める。

2016-02-21

昨日、本屋さんで岩波文庫で『パイドロス』(藤沢令夫訳)を見つけたので購入した。朝から読んでいる。この本は大学生のころ読んだことがある。大学の2年生の頃か、プラトンの対話編を5,6冊ほど続けざまに読んだのだ。これら対話編は特に、面白いという印象は受けなかった。その中でもこの『パイドロス』は比較的わかりやすいかなと思った、だが、感動して心が震えたという程ではない。

しかし、この年になって、若い頃と比べて人生経験が豊かになっているので、もしかしたら『パイドロス』が面白いと思うかもしれないという期待で読み始める。

読み方としては、注は全部読みながら、注でも分からないところは、googleで確認して、ゆっくりと読んで行くことにする。疑問に思った点や面白かった点を一つ一つ紹介していきたい。

(1)冒頭の部分に、「紀元前5世紀の終わり近く、真夏のある晴れわたった日の日盛り」とある。古代ギリシアの時代の年号の数え方は西暦を使うわけがないので、どうしたのかと思う。グーグルで調べるとその頃はオリンピア紀元を用いたとある。

古代ギリシアでとられた紀年法。第1回オリンピックが開かれた西暦紀元前776年7月8日を起点に4年の周期をもって循環する数え方で、この周期をオリンピア期とよび、具体的にはオリンピア期何回の何年目、たとえば紀元前310年はオリンピア紀117回第3年と数え、Ol.177,3のように記す。[渡辺敏夫]

すると、この紀元前5世紀の終わり近く、という文章は後世の書き直しであることが分かる。紀元前5世紀の終わり頃として、たとえば、紀元前の410年の話だとすると、この箇所は776年マイナス410である366を4で割ると91で余りが2であるので、オリンピア紀366回第2年と数えるべきか。

とにかく、かなり昔のことである。日本でいえば古墳時代で倭の五王がいた時代だ。そんな時代に語られたソクラテスとパイドロスの対話が現代まで残っているのは興味深いことだ。

(2)リュシアスという当時有名な物書きが話したことをパイドロスが何回も聞いて暗誦できるほどなので、「是非ともその話を聞きたい」とソクラテスがうるさく願うのである。

こんな風にソクラテスは人々に話しかけて人の話を聴くことが好きであった。自由に語らせて、そしてその話の矛盾を突いて、真理に導くのであるが、現代のように論戦という激しいものではなくて、穏やかな、やんわりと相手の理論の矛盾を指摘して、相手に自然と分からせるという形式の対話であった。(この数ページ読んだ印象から自分は判断する)

(3)ソクラテスはいつも裸足であるいていた。p.186に「彼はいつも、体操場の片隅や市場などで、青年たちを主な相手に、人々の疑惑や嘲笑を浴びながら、役にも立たない無駄話と人々が読んだような談論を交換していた」とある。

想像するに、みすぼらしい格好で、裸足で、人々に何かを語りかけては、一人で肯いたり首をかしげたりする、変な年寄りという評判を得ていたのであろう。

私の村にも一人そんな人がいた。頭はいいのだが、変わった人で、よく人の家に来てはくどくどと話をしていく。人々からは「うざい」と思われながらも、平気な人がいた。あの人はソクラテスみたいな人だったのだと思う。

photo credit: Socrates via photopin (license)
photo credit: Socrates via photopin (license)

狸の焼き物

2016-01-18

昨日、名神高速道路をドライブしているときに、多賀のサービスエリアに立ち寄って。すると売店の入り口に信楽焼きの狸の置物が二つ並んでいる。とても愛嬌があってかわいいと感じる。このところ、町をドライブしていると、ところどころに信楽焼の狸を見かけるが、なんとなく楽しくなる。ところが、この信楽焼の狸の置物は、西洋からの観光客にとってはグロテスクそのもので、これを装飾品にする日本人の感覚に驚くそうだ。

このあたり、日本と西洋の感覚の違いだろうか。たとえば、日本人は虫の鳴き声を音楽的に感じて、大脳生理学の教えるところでは右脳で処理しているという。ところが、西洋では、雑音と感じて、左脳で処理するという。このあたりの違いは面白い。

30年ほど前、カナダのバンクーバー島に行ったときにある漁師と知り合った。彼が言うには、ナマコ (sea slug)が網にかかっても今までは捨てていたが、日本の商社が来て買い付けるようになったので、捨てないで売るようになったという。好奇心からか、彼は試しにナマコを食べてみたが、「ゴムを噛んでいるようだった」と私に言った。またウニも日本人が買うようになったので、捨てないで輸出するようになったが「あんなものが食べられるとは思ってもいなかった」と言った。

私はナマコは殊の外好物である。薄く切って酢につけて、温かいご飯と一緒に食べると非常においしい。また、ナマコのはらわたを「このわた」と言うが、これまた非常においしい。私が小学生の頃は、私が住んでいた石川県でたくさんとれて、ご飯にのせて食べてものだった。そのおいしさを知っているが、近ごろでは見かけることはなくなった。取り過ぎでいなくなったのかもしれない。

このように、西洋と東洋でいろいろと感覚が異なっている。それが異文化交流の時の違いの原因となっていたのだが、近ごろは、各地の食文化が互いに普及するようになった。日本食が世界中に広がり、寿司なども好まれるようになった。生の魚を西洋人でも平気で食べるようになった。

バンクーバーで知り合った漁師は今はどうしているのか。彼は、ナマコやウニを食べるようになったか。そして目を細めて舌鼓を打っているだろうか。

信楽焼の狸の置物
信楽焼の狸の置物

火葬されるということ。

2016-01-16

母親が火葬された日を思い出す。死後24時間は火葬の許可が下りないので、次の日はお通夜、翌々日は葬式で、その後に火葬場に運んだ。30分ほどで焼きあがったとの連絡が来た。昔の火葬場は火力が弱くて2時間ほどかかったが、最近は強い火力を使っているので時間が短縮された。

つい数日前まで息をしていた母の肉体が、あっという間に骨と灰に変化するのをみるとは胸が詰まるものがある。骨を骨壺におさめて火葬場を後にした。

私自身は火葬は嫌いである。火葬されたくない。とにかく熱そうである。死んだら分からなくなるからいいではないかという人がいるが、たとえ死体となったとしても、あんな狭い空間に入れられて燃やされるのはお断りしたい。

自分の理想は土葬である。できたら、大きな木の下に埋めてもらいたい。自分の肉体が次第に溶けてそこに木の根が張ってきて、自分の肉体のエキスを吸い取る。それが幹の上を登って葉となる。秋になると葉が落ちて地面に重なる。その葉が腐り、腐葉土となって木の根から栄養として吸収されて、また木の幹を登って葉となる。

そんな感じで、永遠に循環するのならば、自分の肉体の消滅という現実を何とか受け止められそうである。

ところで、日本では法律で火葬と決まっているのではないことが分かった。どちらでもよいそうである。高知県では14%の人が土葬を選ぶそうである。ただ、東京都では、条例で火葬だけと決まっているそうだ。

そこで、私の取るべき道は次のようになる。土葬を認めている都道府県を探す。見つかったらそこに引っ越しをする。そしてある程度の面積のある土地を購入する。そこに墓地を用意しておく。そして埋葬(土葬)する場合には、事前に都道府県の許可を得ておく。そして、埋葬をする。

そのような希望を息子たちに話したが、息子たちは、そんな面倒くさいことはしないで、すぐに私の身体を火葬すると言う。弱ったものだ。親不孝な息子たちだ。

話が変わるが、身体の保持が復活の時に必要だと考える信仰は根強い。エジプトのミイラたちは不滅の肉体があってこそ、永遠の命が保障されると考えたのだ。当時の医学の知識を総動員して、ミイラを作ったのだ。

自分が火葬を恐れる理由は、本当は次のことだろう。土葬ならば肉体は残り復活の可能性が若干でもあるように思える。しかし、火葬ならば、その可能性が全くゼロになる。そのことが怖いのだ。と自分は思う。たしかに、熱い火で焼かれるのを避けたい気持ちもあるのだが。

photo credit: Its Not Cold Anymore via photopin (license)
photo credit: Its Not Cold Anymore via photopin (license)

母親が1年ほど前に他界した。

2016-01-09

今日は職場で忙しかった。来年度のシラバスをようやく書き上げた。これで、必要な書類はだいたい作成した。教員という職業は毎年たくさんの量の書類を作成することが宿命である。毎年似たような書類を作成しているのならば、前年の書類を利用すれば、と思う人がいるかもしれない。

たしかに、今までに作成した書類を参考にしながら少々加筆していく書類も多いが、まったく新しい書類をゼロから作成することも多いのである。

しかし、何はともあれ、自分の仕事が一段落ついたので、いよいよ最後の仕事に取り掛かる。それは片付けである。退職していく身としては、研究室を空けるためにも、さまざまな本や書類の山の処分を始めたい。


ところで、母が亡くなったのは、昨年の1月15日である。早いもので、もう1年ほどが経過したのである。自分が檀家になっているお寺さんから手紙が来て、一周忌をどうするのか、と聞いてきた。一周忌はどうしたものか。これが大きな悩みである。

おこなうとしたら、石川県の実家で行うしかない。あるいは実家の近くの旅館でも借りて行うことも可能だ。費用はどれくらいかかるか、30~50万円ぐらいか。ただ、親戚の人を呼ぶとしても、石川県に残っている親戚はほとんどが物故したか、寝たきりの高齢者である。若い人でもこんな寒い時に呼ばれては、さらに何がしかのお金を包むことになるので、歓迎しないだろう。

父親の一周忌も行っていないので、自分はとても気にしている。昨年暮れに、実家に書籍を運んだ時に、仏壇へ行って、父と母の写真の前で、供養を怠っていることを詫びたのである。壁には父方の祖父母とその父母の写真も飾ってあり、みんなが私を見ているような気がした。

自分がこの世に生まれるのに関与してくれた先祖たちの写真を見ると、自分の義務は何であるか分かってくる。「ごめんなさい、供養はするから、ちょっと待って欲しい」と小さくつぶやく。実家の荷物を整理整頓して、きちんと中を整えてから、ほんの身内だけだが、数年後に、三回忌という形で供養したいと考えている。

さて、母のなくなった1月15日はどうしよう。自分は母がお世話になった病院に行ってみようと考えている。病室までは行かないで駐車場まで行って、病室の方向を向いて手を合わせてみようと思う。その日は精進料理にしよう。とにかく、なんらかの形で母の物故した日を覚えておきたいと思うのだ。自分の中に末長く記憶しておきたいと考えている。

ユズがたくさんなっている。(実家の庭)
ユズがたくさんなっている。(実家の庭)

「新年格付けチェック」を見る。

2016-01-08

正月はテレビを見ていた。一日に放映された「芸能人格付けチェック」という番組が面白かった。これは、芸能人たちがチームを組んで、味覚や音感などのジャンルごとに正しいものを選ぶのである。間違える度に一流→普通→二流→三流→そっくりさん、とランクがダウンしていく。最後には「映す価値なし」となって、画面から消滅してしまう。

毎年この番組を見ているが、結構面白い。目玉の一つはGACKTが連勝記録をどこまで伸ばすのかという点にある。視聴者たちが参加できるのは、絶対音感と吹奏楽と盆栽の三ジャンルである。ワインや味覚などは実際に味わうことはできないので芸能人たちの反応をみるだけだ。

「絶対音感」というジャンルは2種類の楽器の演奏を聴いてどちらが高価な楽器を用いた演奏なのか当てるのである。ストラディバリウスのバイオリンなどを用いた総額32億円の楽器を用いた演奏と初心者用の総額80万円の楽器の演奏を聴き比べる。曲はタイトルはわからないが、何やらバイオリンとチェロの三重奏を聴く。

私は一生懸命に聴いてみたが、どちらが優れた音色かはよく分からない。どちらかと言われると、何となく、こちらかなという方を選んだら、それが当たった。しかし、素人にはよくは分からないものだ。

「吹奏楽」というジャンルでは、プロの吹奏楽団「東京吹奏楽団」とアマチュアの「玉川大学吹奏楽団」を聞き分ける課題だ。音楽は『闘牛士の歌』である。二つの演奏を聴く。Aの演奏は荒い感じで、きーん、きーんと耳障りな音がする。Bは迫力はやや欠けるが、落ち着いた成熟した演奏で自分はこちらの演奏の完成度が高いと判断した。家族たちの意見も同じであった。

しかし、Aがプロの演奏であったのだ。そんなものか。この課題では、GACKT自身はAという意見であったが、相棒たちがBを選んだので、GACKTグループの連勝記録はストップしてしまった。

それはそうとして、GACKTが牛肉やワインを選ぶときは、まったく余裕でもって正しい答えを選んでいく。この人は毎日どのような生活をしているのか。毎日高級品を味わっているのか。とにかく、一風変わった芸能人である。

来年の正月もこの番組はあるだろう。その時に、GACKTがどれ位正解を出していくか見るのが楽しみである。


同僚の方で音楽に造詣の深い人と話す機会があった。この方は卒業式や入学式にピアノの伴奏をする。自宅には、グランドピアノとアップライトのピアノの二つを持っている。私は昨日のブログで、バッハのイギリス組曲は弾くのは易しいと述べたが、その方の意見では、演奏はかなり難しいそうだ。

バッハの音楽は四声を追いかけたりするときは、指が追いつかないときもあるそうだ。とにかく、バッハは奥が深いという点は私と考えが一致した。

あと、練習のしすぎで指を痛める人がいるが、それは無理な練習をすることから生じるのであり、きちんとしたルールに沿っての練習ならば、そのようなことは起こらないと言われた。いろいろと参考になることを教えてもらった。

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