令和2年末現在における在留外国人数について


「令和2年末現在における在留外国人数について」という出入国在留管理庁の統計を見ている。時点は、令和2年末とあるが、これらは西暦表記にしてほしい。つまり、2020年末と表記してほしい。法律で和暦を使うように定められているのだが、せめて併用して表記できたらと願う。「令和2年末(2020年末)」としてくれるだけでも、どんなに便利になるだろうか。

令和2年末の在留外国人数は,288万7,116人で,前年末に比べ4万6,021人(1.6%)減少
前年末に比べて減少したのは,平成24年以来8年振り

と述べられている。コロナが蔓延したのであるから、減少したことは納得できる。観光客の来日は極度に減ったのであるが、減少が若干といういう点では対照的である。かっこ内は対前年比である。

(1) 中国 778,112人 (構成比 27.0%) (-  4.4%)
(2) ベトナム 448,053人 (構成比 15.5%) (+  8.8%)
(3) 韓国 426,908人 (構成比 14.8%) (-  4.4%)
(4) フィリピン 279,660人 (構成比  9.7%) (-  1.1%)
(5) ブラジル 208,538人 (構成比  7.2%) (-  1.5%)
(6) ネパール 95,982人 (構成比  3.3%) (-  0.9%)
(7) インドネシア 66,832人 (構成比  2.3%) (-  0.0%)
(8) 台湾 55,872人 (構成比  1.9%) (- 13.7%)
(9) 米国 55,761人 (構成比  1.9%) (-  5.8%)
(10) タイ 53,379人 (構成比  1.8%) (-  2.6%)

ベトナムからの在留外国人数が増えている。ついに韓国からの人を抜いて第2位になった。ブラジルからの在留外国人数も相対的に減っている。

なお、岐阜に住んでいる私の地域では、スーパーなどにベトナム人の数をよく見かける。それから、ベールをかぶった女性の姿も時々見かけるが、これはインドネシアからの人々であろう。愛知県にトヨタがあるので、その工場が岐阜県にもいくつかあるので、そこで働く人々であろうか。

私の住んでいる地域は岐阜市の郊外だが、中小の工場がある。岐阜県では、外国人集住都市会議のメンバー都市として、昔は、大垣市、美濃加茂市、可児市が加入していたが、現在は岐阜県からはどの都市も参加していない。各都市が抱える問題点は共有されて、解決策は見えてきたのだろうか。

コロナの蔓延で日本はそれ以外のことには目が届かなくなっている。外国人へのコロナの接種の状況など知りたい点も多いが、これは機会があれば関係者に聞いてみたい。

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岐阜県内の外国人の数


現在、私は岐阜県に住んでいる。岐阜は北の飛騨と南の美濃の二つの地域に分けられる。南の美濃地方ではかなりの数の外国人の姿が見られるようだ。日常的に外国人を見かけるので、もはや珍しいという印象はなくて、私たちの日常生活の中に溶け込んでいる。

岐阜県のホームページによれば、県内在留外国人数は59,741名である(2020年6月末現在)。なお、県の総人口は196万人 (正確には、2021年7月時点で、1,965,427人である。在留外国人の数は、約3,0%である。

その数の多い順に見ていくが、百の位は四捨五入してみると、多い順から、フィリピン1万3千人、ブラジル1万2千人、中国1万2千人、ベトナム1万人、韓国4千人、インドネシア1千人、ネパール1千人である。さらに、タイ、米国、台湾と続くのである。フィリピン、ブラジル、中国、ベトナムがとりわけ多いように感じる。

私の住んでいる地域は岐阜駅からバスで1時間ほどの距離にある。所々工場が並んでいる。外国人の若者はそこで技能実習生として働いているのだろうか。数人の若い外国人のひとたちが自転車に乗っている姿を見かける。スーパーでは、ダンボールに買い物を積み込んでいる。この姿はコロナ以前から見かけるので、コロナにより数が減ったという印象は受けない。

外国人を定住している定住外国人と短期滞在の外国人観光客に分けると、このコロナの影響で外国人観光客の数は激減した。しかし、定住外国人の数はさほど変更はないようだ。むしろコロナのために帰国できないことで困っている人も多いだろう。

コロナが日本に住む外国人住民の生活にどのような影響を与えたのか、与えつつあるのか、しばらく調べてみたいと考えている。

S先生の逝去


二日ほど前にS先生の親族の方から封書が届いた。中を開けてみると、S先生が3月8日に突然に病死したとの訃報であった。これは驚いた。

S先生は私の研究仲間であり、一緒に研究書やテキストを執筆したことがあった。私の電話の履歴を調べると、実は、死の前日に電話でS先生とお話をしていた。その時の様子は、とても元気そうで、これからの研究予定を熱っぽく語ってくれていた。やさしい日本語、多言語社会の進展、外国人住民へのサービスなど、様々な分野に関心を示されて、意気盛んであった。

S先生の勤務している大学の大学院では3年ごとに授業を受け持つ資格があるかどうかの審査があるそうで、そのためにコンスタントに業績を出していかなければならない、と語っていたのが印象に残っている。

S先生は63歳であったが、これから研究しようとする分野を語る熱心さは、むしろ若々しいと感じたほどであった。そして、関連する学会の報告書を私にも送ってくれるという話であった。翌日、早速メールにて関連する情報を伝えてくれた。3月8日の12時39分発信のメールであった。そのメールには、その他のデータも順次送るという話であったが、それ以降はメールがないので、学期末・新学期の準備で多忙なのだろうと思っていた。

親戚の方から届いたお知らせには、3月8日に亡くなったとあった。するとその日の12時39分にはメールを送信するだけの元気があったのに、午後か夕方には亡くなったということのようだ。心臓か脳に何か急に異変が起こったのか。

私の亡父は、亡くなった日の午前中は元気で車を運転していた。ただ、夜に作業場で仕事をしていたら、突然のくも膜下出血で亡くなった。人間には、60歳代以上になると突然死がありうるということだ。(自分も、その点は覚悟を決めておかねばと思った)。

昨年末に、他の研究仲間待ちと一緒に新たなテキストの編纂をする、という話も出ていた。この企画は残念ながら、途中で取りやめとなったが、そのことも思い出した。

63歳という年齢、現代人の平均寿命から判断すれば、早すぎる死のように感じる。死の重々しさをしっかりと受け止めていきたい。S先生のご冥福を祈りたい。 合掌

大学院の修士論文発表会が行われた。


昨日21日に大学院の修士論文発表会が行われた。コロナ感染防止のために、Zoomで発表する学生や、Zoomで発表を聞く人も多数いて、例年とはかなり様変わりの発表会となった。

最初の発表は、生成文法を日本語に適用して、日本語の構文への分析研究であった。私が従来いだいていたイメージとしては、生成文法はもっぱら英語を基盤にして誕生した考えであるので、日本語にどれくらい適用されるのか疑問に思っていた。普遍文法という視点では、あらゆる言語の文法には共通性があり、その共通性に基づいて考案された文法ならば、普遍性は確かにあるだろうとは思っていたが。そのあたりを発表後の質疑応答の時間に質問したら、「生成文法は英語に基づいているが、日本語に適用される試みは数多くあり、それなりに成果が上がっている」とのことであった。

発表会の様子
全員がマスクをして発表あるいは聞き入っていた。

その後はオーラル・ヒストリーに関する研究発表が数点続いた。ある地域の歴史、あまり文献が残されていない事項ならば、その土地の古老から昔話を語ってもらうしかないのだ。それがオーラル・ヒストリーだ。それを文献、ビデオ、録音などの形で残すのだ。

発表者の一人は沖縄の古典音楽について、もう一人は戦後沖縄の公衆衛生についての研究発表だった。それぞれが関係者からの聴き取りを重ねて、歴史の再構築を行っていた。

私自身も退職後は郷里に戻って、郷土史を調べてみたいと常々思っていた。その意味で、お二方のオーラル・ヒストリーの発表は参考になった。ところで、私の郷里だが、高齢化が進んでいる。そして、歴史が次世代に語られることなく消えている。その意味では、私の仕事も急がなければならないと感じた。

新伝さんから、4枚の書画が到着する。


今年も残りすくなって来た。2020年はとにかくコロナの年であった。来年はコロナが終息して人々の顔に明るさが戻ってくることを切に願っている。

さて、親戚の新伝さんから、4枚の書画が到着したので、皆様に紹介したい。

無心に祈っている姿
何かを無心に考えている。
お母様の昔の写真より、傘をさしている。

この3つの書画のうちで、最後の3枚目のモデルは新伝さんのお母様である。これは、昔の写真を見ながら、新伝さんは若い頃のお母様を思い浮かべて書画にしたのである。手に持っているのは日傘かと思ったが、横に雪のマークがあるので、これの元になったのは冬の日の写真であろう。でも、赤色と黄色が華やかな感じを与えるので、春か夏の日を思い浮かべてしまった。

次は吉田兼好の『徒然草』の冒頭の箇所である。これなどは、額縁に入れて家の玄関などに飾っておきたいものである。

徒然草の冒頭

若い頃は『徒然草』は心に訴えてこなかったが、私のような老境にさしかかると、兼好法師の枯れた持ち味がわかるようになってくる。

JACET中部支部定例研究会にて発表をする。


昨日、久しぶりに学会発表をした。「地方大学の『観光英語』の授業に関する実践報告」というタイトルで、20分ほど勤務校における観光英語関係の授業の報告をした。発表と言っても、Zoomを使ったので、私自身は自分の研究室からパソコンに向かって25分ほど語っただけだ。おかげでリラックスして話すことができた。その概要は以下の通りである。

新型コロナウイルスの感染者の増加が目立つようになるまでは、外国人観光客の数は毎年増加してきた。それに応じて、本学でも、昨年までは、観光英語(Tourism English)の授業を受講する学生数が増えていた。観光英語の教科書は従来は日本人が英語圏に旅行して(アウトバウンド)、そこで様々な体験をするという内容が中心であった。しかし、近年は日本を訪れる外国人(インバウンド)を日本人がおもてなしするという内容の教科書が増えてきている。そこでは、外国人は英語圏の人とは限らず、さまざまな国の人を英語で案内するという内容である。授業は、必然的にWorld Englishes を意識した内容になる。アメリカやイギリスの英語に慣れている学生には新たな説明が必要となる。この授業実践報告では、このような観光英語の授業の現状を報告する。また、新型コロナウイルスの感染者の増加が、観光英語の授業にどのように影響を与えつつあるかについても述べたいと思う。

 

この発表だが、昨年の同じ頃に「地方大学における『観光英語』の授業のあり方について」というタイトルで発表した内容を踏まえている。その内容をより具体的に説明して、さらに昨今のコロナ対策にも触れてあるのだ。

オンライン発表であり、一人ひとりの反応は見ることができなかった。パソコンの画面に向かって話すだけなので、気楽と言えばいいのだが、やはりある程度の緊張は欲しいものだ。

さて、コロナのために、学会発表というものは、少なくともあと半年はオンライン発表になるだろう。ただ、オンラインでの発表はどこにいても視聴できるという点はありがたい。コロナが収まっても、国際大会などはオンラインが主流になればと思う。

 

ポストコロナ時代とは


コロナの感染がまだまだ続いている。だが、このコロナ感染だが、無限に続くことはないだろうと思われる。いつかは終息するだろう。だが、終息したとしても以前のような世界にはもう戻れない。新しい現実が待ち受けていて、私達はそれに対応していかなければならない。

コロナが集結した時点を想定して、ニューリアリティ、ニューノーマル、ポストコロナなどの用語がマスコミで使われるようになってきている。2020年のこのコロナが広がった時代を経験した我々は、もうコロナ以前の生活には戻れない。新しい感染を警戒しつつ、他人との直接的な接触を避けて、これからも三密を避ける行動をとり続けるだろう。

英語教育はどうなるのか。多くの学校では、オンラインの授業を行っている。対面の授業を行いつつ、希望者にはオンラインでの授業を同時に開講している。英語の授業は、音声によるコミュニケーションがかなり重要である。それも対面でのコミュニケーションが通常のあり方である。ところが、マスクをして会話をすると、口の動きが分からない。声がこもって明瞭には聞こえない。たくさん不便なことがある。不便なことがある。

だが、少なくとも今年と来年はコロナへの感染予防が最大の課題になる。企業でも学校でも同じであろう。オンラインによる英語教育、少なくとも、社会的距離をおいた、少人数での授業が中心になるであろう。

ただ、電子機器の発達が対面授業ができない不便さをある程度は補ってくれる。たとえば、スカイプで外国人講師からの一対一の指導を安価で受けることができるようになった。従来ならば、電車を乗り継いで英会話学校に通っていたことが、自宅で受けることになり、時間と金銭の節約になる。これは教える教員側にも言えることだ。

これから、しばらく、このブログもニューノーマルについて考察してみたいと思う。