彼方の世界への旅:マゼランの世界一周の航海                            2009-12-04

旅に出るとは「日常の時間」から抜け出て、「非日常の時間」を経験することである。空間的には、慣れ親しんだ「この世界」から「彼方の世界」へと移動することである。旅の魅力の一つとして「非日常の時間」の経験と「彼方の世界」を訪問するスリル感が挙げられよう。
しかし、近年、空間だが、世界の隅々まで知り尽くされて、もう地上には「彼方の世界」はあまり残っていないようだ。航空券を購入してホテルを予約すれば、世界のどこへでも、簡単に行くことができる時代になってしまった。南極やヒマラヤ山脈でさえも、もう未踏の神秘な場所ではなくなった。ちょっと残念である。世界が神秘に満ちあふれて、人々が自然に対して畏敬の念を抱いた時代を私はうらやましく思うことがある。
500年ほど昔の人々にとって世界はどのように見えていたのだろうか。世界の果てには神的なものか悪魔的なものがいると信じられていた。世界旅行は命がけであった。海の旅は、海賊、病気、暴風雨、飢えとの戦いであった。さらに、「彼方の世界」へ行くことは自分自身の恐怖感との戦いであった。現代で言えば、宇宙船で銀河の彼方に旅立つような感覚であったろう。
ここで、マゼランの世界一周を取り上げてみよう。1519年にマゼランたちは総計265名で5隻の小さな帆船でスペインの港を出発して世界一周の旅に出た。西回りで香辛料の産地であるモルッカ諸島へ到着しようとしたのである。当時は香辛料は大変高価な商品だった。モルッカ諸島から香辛料を持ち帰ることが出来れば一財産を作れたのである。
どのような人がこの世界一周に参加したのだろうか。それは借金まみれのペテン師や、一攫千金を夢みる冒険者たちであった。自国で食い詰めた連中も多かった。自然、気の荒い連中が多かったようだ。しかし、何人かは「彼方の世界」への好奇心から参加した者もいただろう。世界の果てはどのようになっているのか、深淵があるのか、魔物が住む恐ろしい世界なのか、知りたいと思って参加した若者もいたと思う。
彼らはアメリカ大陸を超えて太平洋に抜け出ようとするが、うまくいかず、試行錯誤を続ける。途上のパタゴニアで3メートル近くもある巨人族と遭遇したとの記録がある。南の端で、有名なマゼラン海峡を発見して、ようやく西へ向かう道を発見したのである。マゼランは太平洋が穏やかであるので、平和の海(El Mare Pacificum)と名付けるのである。南半球の空にだけ見られる星雲がある。その代表的なものは大マゼラン星雲と小マゼラン星雲である。この2つの星雲は、マゼランが見つけたことから、彼の名がつけられたようだ。
荒くれ者たちは、島々を襲っては食料を調達した。西洋の進んだ武器は現地の島民たちを圧倒した。そして、ようやくフィリピンに到着して、住民と接触を始めたのである。しかし、高圧的な態度を取ったマゼランは1521年4月27日にフィリピンのマクタン島のラプラプという酋長と戦い殺されてしまう。フィリピンでは、西洋の侵略から守った英雄として、マクタン島の海岸にはラプラプの銅像が建っている。
難儀を重ねがら一行は1522年9月6日にスペインに帰還した。生き残って帰りついた乗組員は、わずかに18名であった。ともあれ、地球は丸いということを実証したということで、その航海の意義は大きい。これが大航海時代の幕開けとなったのである。
しかし、フィリピンにとっては、マゼランは西洋からの不吉な使者であったとも言えよう。これを切掛けとして、その後350年にわたりスペインの支配下に置かれることになった。350年はあまりに長い。フィリピノ語には多くのスペイン語が入り込んだ。人々はスペイン風の名前を付けるようになり、今では、フィリピン人たちはスペイン文化を自国の重要な文化の一つであると感じるようにさえなった。国の名前「フィリピン」も当時のスペインのフィリップ王子にちなんで付けられたのである。フィリピン独自の文化はほとんど窒息してしまったのである。
マゼランの世界一周は「彼方の世界」を劇的に変えてしまった。混沌とした「彼方の世界」が、秩序正しく、正確に地図に記される「この世界」へと一変したのである。18世紀のキャプテン・クックの航海では、絵描きを連れて行き、初めて見る動植物をすべてスケッチブックに描いて記録したのである。世界を分類して秩序を見つけ出そうとする当時のヨーロッパ人たちの強い意志が見られる。
19世紀は、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』や『海底二万里』のような小説にまだ幾分のリアリティが感じられた時代であった。しかし、20世紀になると、このような小説は空想科学として、はっきりと「うそ」として読まれるようになる。
21世紀に生きている我々にとって、世界のどこも「この世界」に属するようになってしまった。「彼方の世界」はなくて、「この世界」しか存在しないのだということは当惑することでもある。こんな時代の旅は「気楽さ」「手軽さ」「ノリと勢い」がキーワードになっている。現代人がお手軽に「非日常の時間」らしきものと「彼方の世界」らしきものを経験している姿を見て、マゼランとその部下たちは何を思うだろうか。