英語教育の到達目標としてTOEICとCEFRの有効性の考察
はじめに
近年日本の教育機関の多くにおいて、英語力を図る目安としてTOEIC (Test of English for International Communication)がよく用いられる。また、教育機関に限らず、実業界でもTOEICに関心を示すことが多くなってきた。従来は、英検(実用英語技能検定)が国内における英語の資格として一番普及しており、最も権威があったが、近年TOEICにその地位を譲ったようである。
その理由として、TOEICの持つ国際性が挙げられる。英検が国内だけで通用する資格という特徴が強かったのに対して、TOEICは誕生の時から、国際性を売り物にしてきた。国際的に通用する資格という要素を強く打ち出した点で成功したのである。国際化の時代においては、教育機関のみならず実業界でも、TOEICの受験者数が伸びている。国際化をアピールする教育機関では英語教育の中核にTOEICを据え、海外での積極的な活動を目指す企業では、新入社員の選抜や内部昇進にTOEICのスコアを利用しようとしている。
しかし、このように受験者数が増えているTOEICであるが、効用について疑問視される点もあるようだ。それらは次のような点である。①TOEICに示されたスコアが学習者の英語力を正確に反映しているのだろうか。②目標として、数字を示すが、それがはたして受験者の英語力を伸ばすことに貢献するのだろうか。単なる受験技術の獲得につながるだけではないか。③英語の読み聞くという技能は測れるとしても、話し書くという技能は測れることができるのか。④受験者はTOEIC受験対策に集中することで、外国語学習自体が持っている異文化理解という要素がゆがめられるのではないか、などである。
TOEICには、このような様々な問題点を抱えている。もちろん多くの優れた要素もあるので、総合的な観点から評価されるべきである。その点も踏まえて、TOEICという資格試験に対して、功罪両面から検討されなければならない。
本稿の結論を先取りしていえば、TOEICの持つ問題点を補正するものとして、ヨーロッパ評議会が提示したCEFR (The Common European Framework of Reference) に注目して、その方法論を英語教育に取り入れようと提案するものである。
CEFRは、近年、よく知られるようになってきた。CEFRの一番の特徴は、学習の到達目標を言葉で、特に「~ができる」と記述した文(Can-do Statements)で示していることである。学習の目標が単なる数値ではなくて、言葉で述べたことで、到達目標がより具体的に分かりやすくなるという利点が生まれた。もちろんCEFRが語学教育の万能薬ではないのであり、とりわけ西洋文化とは異なる日本という文化圏の中では機能しづらい面がある。CEFRに対しても、どの点が日本の英語教育において、取り入れ可能でありまた修正しなければならないのか、客観的な評価は必要であろう。
本稿は、TOEICとCEFRを重要なキーワードとして、英語教育のあるべき姿を考察する。さらに、文化と中立性という要素も加味して考察を行いたい。全体の構成としては、第1章と第2章では、TOEICの特徴について論じて、その問題点をも含めて評価していきたい。第3章と第4章では、CEFRを紹介しながら、その特徴を論じてみたい。第5章では、CEFRが日本の語学教育にどのような影響を与えつつあるのか検討してみたい。第6章では、CEFRが日本の学習指導要領とどのように比較できるか考察してみたい。第7章では、TOEICとCEFRの意義を考えながら、大学での英語教育を提案してみたい。
第1章 TOEICとは
1.1 TOEICの歴史
TOEICとは、英語を母語としない人の「聞く、話す、読む、書く」というコミュニケーション能力を測定するテストである。この試験を担当している機関は、ETS (Educational Testing Service=テスト開発公共機関)である。ここは、1947年に設立され、米国ニュージャージー州プリンストンに本部があり、世界最大の非営利テスト開発機関として知られていた。ETSは、北米の大学への留学に課せられるTOEFLをはじめ、アメリカの公共機関や学校関係のテストの大半を開発・制作するという実績を持っていた。
日本経済団体連合会と通商産業省は、日本で実施されていたそれまでの英語の試験に満足せずに、コミュニケーション能力の測定に相応しい試験が必要と考えていた。両者のプロジェクトメンバーは、ETSが「テスト開発に豊富なノウハウを有するので、開発を依頼するのに最も相応しい」と考えてETSに試験の作成を打診したのである。ETSは1977年から製作を開始して、2年の研究
開発を経て1979年12月からTOEICテストが開始されたのである。
その後の発展に関しては、その公式サイトの「TOEICプログラムの理念」に以下のように述べられている。
1979年、TOEIC運営委員会が設置され、12月に第一回テストが、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡で実施されました。第一回テストの受験者は、わずか3,000人あまり。しかし毎年、着実に受験者数を伸ばし、1985年度に88,000人だった受験者は1990年度には332,000人に達しました。さらに2000年度には100万人の大台をも突破。この要因となったのは、経済のボーダレス化やIT化の進展により、企業活動のグローバル化が一気に加速したことです。目標スコアを設定して英語研修を行ったり、人員採用や海外部門要因の選定、さらには昇進・昇格の要件として活用したりというように、TOEICを採用する企業が急増。現在、日本では個人による受験に加え、約3,300の企業・団体・学校が採用し、年間約227万人が受験しています。
TOEICは国内にとどまらず、海外にも普及が始っている。公式サイトによれば、1981年には韓国でもこの試験が開始され、東南アジアやヨーロッパ、中南米を中心とした非英語圏にも、TOEICテストの運営機関が設置されるようになり、2011年現在では、世界の約120か国で年間約600万人が受験するほどの規模に広がりを見せているという。
しかし、公式サイトでは、「世界的な広がりを見せている」と述べているが、それは現段階ではまだ限定的な広がりであると言うべきだろう。日本での受験者は約227万人だが、すると世界の受験者の中で、1/3~1/2が日本人ということになる。資格試験として、有名なものはTOEFLがあるし、イギリスの大学を受験しようとするものはIELTSがあり、広がりという面ではこれらに及ばない。「日本で発案されたTOEICが、まさにグローバル・スタンダードとなった」との表現がTOEIC公式サイトにあるが、正確に言えば、今後の発展次第ということになろう。
1.2 TOEIC出題の構成
TOEICはリスニングとリーディングの2つのセクションから構成されている。リスニングの問題100問を45分で、続いてリーディングの問題100問を75分で解答する。1問を解答するために与えられる時間は極めて短いために、高い集中力、瞬時の判断力が要求される。解答はすべてマークシート方式で、3ないし4つの選択肢の中から正解を選ぶのである。問題および選択肢はすべて英語で記されているので、英文を和訳したり、和文を英訳する力ではなくて、英語を聞いたり読んだりするときも、基本は英語で考え答える能力が問われる。
その意味では、TOEICは昨日今日身につけたテクニックでスコアをあげられる性質の試験ではない。十分に英文に慣れていること、つまり、ふだんから自然なスピードでのリスニングに慣れるおくこと、たくさん英文を読んで語彙力を増やすこと、基礎的な文法知識をしっかり身につけておくこと、そしてTOEICの問題形式に慣れておくことなどが必要となる。
1.3 TOEICを利用する動き
TOEICの種類について述べてみる。テストの会場の形式には2種類がある。一つは、スコアが正式に認定される「公開テスト」(Secure Program Test)であり、もう一つは過去の公開テストで出題された問題を使って企業や学校等の団体で随時実施される「IPテスト」(Institutional Program、団体特別受験制度)である。公開テストは年間で限定された日時と場所が決まっていて、受験料は5,565円と比較的高くなっている。一方のIPテストは教育機関が場所と日時を選択できるという長所があり、受験料も4,000円~4,500円と比較的安い。
教育界において、TOEIC採用の動きが次第に強まっている。各大学のTOEIC対策も熱が入っている。TOEIC公式サイトによれば、2010年度に、全国456大学が学生の団体受験を行った。また、正規の授業にTOEICを導入する大学が増えている。シラバスでTOEIC対策を掲げる授業の数が増え、そのような授業は学生の人気も高い。それは、国際社会で英語でコミュニケーションできる人材を企業が求めているという現実を反映して、大学も学生もそれに敏感に反応しているのである。
TOEIC公式サイトによれば、東洋大では2012年度から、約3万人の学部生全員が年1回、TOEICを無料受験できるようにしている。同大広報課では「『英語力はあって当然』という意識が企業側に出てきているので、学生に学習を促すきっかけにしたい」と述べている。
著者の勤務する大学でも、文学科の英語専攻の学生を対象に2010年からTOEIC対策講座を始めている。また、学生にTOEIC300点アップ計画を示して、そのために数々のメニューを提示している。それは、英会話個人レッスン、年に2回のTOEIC無料受験、e-learning、夏季集中TOEIC講座、TOEICを意識した数々の授業である。またTOEIC受験の結果が出た時点で、教員と学生が話し合い、学生は次の時期のTOEICの目標スコアを決めている。学生は大学に4年間ほど在学するのだが、その期間を8つに区切り、それぞれの期間の目標とするスコアを決めるのである。4年間という長い時間を、目標なしに英語の勉強をするのは、コンパスなしに海路を進むようなものであり、道標としてスコアを意識させた方が効率的である。
JABEEも教育界におけるTOEICの普及に貢献している。JABEEという言葉が、技術者教育に携わるものの間に広がり、日常語になった感がある。JABEEとは、Japanese Accreditation Board for Engineering Education(日本技術者教育認定機構)の略であり、そこが中心となり、日本技術者認定制度を作り上げている。国際化の時代を迎えて、技術者の活躍の舞台は全世界にまたがるようになってきて、卒業する学生の質の保証をする必要がある。その目的のために、JABEEが設立されたのである。日本だけでなくて、他国も同様であり、各国とも大学の行う技術者教育の質を国際的に承認してもらう必要がある。それにより、自分の卒業生が「国際的に通用する技術者」であることを証明するのである。
「国際的に通用する技術者」とは、英語で技術的な仕事をこなせる能力があることが前提となる。その能力の認定のために、TOEICのスコアの取得状況を示す必要がある。そのことが、TOEICの利用を促している。
1.4 産業界でのTOEIC採用の動き
企業での利用者数も増えてきている。日本の国際化にともない、英語の研修に力を入れる企業が増え、コミュニケーションのための英語能力を測る物差しとしてTOEICを採用するようになった。社員の採用、昇進、海外駐在員の選抜などにTOEICのスコアを活用している企業が増えている。それらが受験者の大きな増加につながっている。近年、TOEICによって測られる英語力は確実に伸びている。国際ビジネスコミュニケーション協会(2012:2)によれば、内定時にTOEICテストを実施する企業では、2006年では平均が448点であったが、その5年後では、平均が499点となり、かなりの上昇を示している、と報告している。
よく注目されるのが英語の社内公用語化の動きである。毎日新聞(2012年10月8日)の「英語漬け、会議、資料、食堂も」という記事によれば、2010年に楽天は三木社長のトップダウンで英語の社内公用化を決めたという。社内のミーティングはすべて英語でやり取りして、また配付資料もすべて英語で行うという。社内食堂のメニューもすべて英語で書かれているようだ。全社員1万人のTOEICの平均点は700点以上であり、ことしの新入社員の平均点は800点以上を越えたという。また、ユニクロで有名なファストリテイリングも2012年3月から、英語を公用語化したという。全社員の14,000人にTOEIC750点以上を取ることを義務化したという。
これらの動きは少数派であるが、マスコミによく取り上げられて、話題となっている。日産が外国人の社長カルロス・ゴーンを迎えて、経営会議などでは英語で議論するということが、1999年当時大きな話題になったが、会社の全員が英語を話すようになるまでは徹底していなかった。いずれにせよ、社内英語公用語化は今後の大きな動きを暗示しているとも言えよう。
1.5 社内英語公用語化への批判
社内英語公用語化の動きに批判的な声もある。たとえば、大阪大学の成田一は強く批判している。成田(2011)は、「『外国人が交じる会議は英語にする』というのも実は問題がある。母語は言語中枢でほぼ自動処理されるが,英語だと日本人は発話の聴取・理解や発話構成をかなり意識的に行う。その際に脳の思考活動を担う作業記憶が占有され,論点を分析し対案を考える余裕がない」と厳しく批判している。要は「交渉という言葉の戦い」をするときに、母語を使わないで、はたして公平な戦いができるかという疑問提示である。また英語帝国主義論で有名な筑波大学の津田幸男は『英語を社内公用語にしてはいけない3つの理由』というそのものずばりのタイトルの本を書いて批判している。その理由として、①日本語・日本文化の軽視、②社会的格差・不平等の助長と固定化、③言語権の侵害を挙げている(津田2011)。
社内英語公用語化では、英語を中心に据えていることで、英語以外の言語の軽視につながるという観点からの批判もある。成田(2011)は次のように述べている。
『グローバル化=英語化』ではない。日本は生産と販売で中国への依存を高めているが,工場内の従業員に英語は通じない。中国の大学には日本語専攻の学生も多く,卒業生や日本留学経験者を要所に配すれば,文化・風習や就業意識が日本とは違う現場の労務管理が適切にできるし本社との連絡も問題ない。欧州,アジアでも,旧英米植民地以外では,人材も言語も現地化するのが現実的だ。中南米はスペイン語だ。英語力は海外業務に携わる社員に求めれば済む。現地での技術教育も通訳を介せば誤解がない。
ここで注目すべきは、英語ではなくて多言語化への視点を示している点である。実はこの点は後述するCEFRの考えとも重なり、見逃すことのできない視点であると言えよう。
第2章 TOEICの抱える問題点
2.1 TOEICの問題点
ETSのテスト開発理念とはどのようなものであろうか。TOEIC公式サイトによれば、ETSによるテストの開発理念としてReliability(信頼性)、Validity(妥当性)、Fairness(公平性)の3つが挙げられている。Reliability(信頼性)とは、「何度受験しても、つねに同じ基準に基づいた評価結果になっているか」ということである。Validity(妥当性)とは、「そのテストが測ると定義している受験者の特長、特性、知識、スキルを定義通りに測定できているか」ということである。Fairness(公平性)とは、「特定の言語や問題内容によっていかなる受験者も有利・不利になるようなことがないか」ということである。
2.2 選択試験という形式の問題の精度
選択形式の問題はその性質上精度に関して常に問題がつきまとう。4つの選択問題から一つ選ぶという形式であるので、ランダムに答えても25%の確率で当たってしまう。大量の解答用紙を処理しなければならないのであるから、このような形式になったことは仕方がない面もある。しかし、採点の便宜ゆえに、様々な形式の出題可能性をつぶしていることは否定できないだろう。
さらに、試験問題の種類が一つだけであるという点も弱点となる(近年はBridgeが出たので少なくとも2種の問題があるが)。今までは一種だけであったので、とりわけ初心者クラスの人の英語力を測ろうとしても、ほぼ同じようなスコアがでてしまう。初心者たちの実力の細かい区分けはできないのである。この点で、英検は1級から5級まで細かい区分けがしてあり、小学生や中学生などの実力判定にも適切である。
このように、TOEICはある程度の英語力を持った大学生などには妥当性があるが、ある水準以下の受験者(たとえば、300点以下の場合)には、実力の判定ができなくなる。つまり、Reliability とValidityという二つの面で問題があることになる。
2.3 TOEIC Bridge
Validityを高めるために、TOEIC bridgeテストが始まったが、それでもまだ2種類のテストしか提供していない。TOEIC Bridgeは2001年に、TOEICへの架け橋という意味を込めて開始された。TOEIC Bridgeは、近年普及が進んでいるが、受験者数はTOEICの10分の1程度と言われている。これは、英語初級から中級者を対象としており、TOEICの「ジュニア版」とも言える性質を持っている。TOEICよりも難易度が低く、また問題数と試験時間もTOEICの半分であるため、英語初級から中級者、すなわち主に中学生から基本レベルの大学生の受験に適している。
TOEIC Bridgeの導入により、いままでの1種類しかないという点と比べると格段の進歩であるが、それでもトータルで2種類しかないというのでは、受験者の能力の多様性に対応しきれていない。今後はさらに細かく分類して、種類の数を増やす必要があろう。
2.4 題材の偏り
Fairness(公平さ)という点でも考えてみたい。公平さとは「特定の言語や問題内容によっていかなる受験者も有利・不利にならないようにする」ことである。つまり、言語的にも文化的にも中立であるかという点である。言語的な中立性だが、インドヨーロッパ言語の話者は英語に対して有利な立場にあり、この点はどのような試験問題を作成しても変わらない。ここでは、文化面での中立さに絞って考えてみたい。
1.ここで実際の試験問題を見て、そのことがどのように該当するか見ていきたい(TOEIC学習記憶スレのHPより)。
例1
Patrons at the café are _______ to take a bottle of wine
home with them when it is procured with a meal.
(A) permitted
(B) forgotten
(C) admonished
(D) regarded
この問題を解くためには、西洋で好まれるアルコールはワインであること、食事に提供されたワインの持ち帰りは許されるという西洋のレストランの慣習を知っておく必要がある。その意味ではこの試験問題はculture-orientedである。
例2
My grandmother, who was previously a well-respected headmistress in Tennessee,
was a very ______ individual who enjoyed ballroom dancing and painting sophisticated pictures.
(A) elegant
(B) tentative
(C) watchful
(D) expecting
ここではテネシー州というアメリカの地名が使われている。また、ballroom dancingという西洋社会特有の慣習が示されている。これらは、アジアや中近東の受験者に対して、馴染みのない地名や事象かもしれない。
2.5 文化と言語の関係
このようなTOEICの問題に見られる英米の文化の問題を考えてみたい。英語は西洋の文化から切り離すことのできない点はどのように考えるべきか。もちろん、TOEICにはキリスト教のような、あまりに西洋文化の骨幹にある題材は出題されてはいない。しかし、衣食住のように西洋性をあまり強く意識させない題材は、頻繁に出題されている。
これに対して、言語と文化は切り離すことができないので、英語による設問には英語圏の文化が含まれるのは当然であるという考えがある。その反対に、英語の骨格だけからなる試験問題を作成して、文化的に中立であるべきとの考えもある。しかし、このような言語と文化は切り離すことができるのかという問いかけには、「できる」と「できない」の二つの極論の間に正解はあるのだろうと思われる。
言語と文化の問題について教科書の題材という視点から考察してみたい。1950年代に開隆堂が発売したJack and Bettyという教科書は一斉を風靡した。20年以上にわたって売れ続け、総計で4000万部以上の売り上げという超ベストセラーであった。この教科書は戦後間もない日本人に対して、アメリカの中産階級の豊かさや生活様式を垣間見せるものであった。この教科書を通して、当時の日本の若者が憧憬の念を込めて見つめていたアメリカ人の生活(ホームパーティがあったり、自動車を所有したり、男女がデイトをしたりという日常)をある程度知ることができたのである。この場合は言語と文化の密接な関係は当然なことであり、むしろ、文化を知らせるために教科書自体が作られたとも言えよう。
ここで、文化と言語が切り離せるとの考えを再検討してみよう。近年の教科書は日本文化を英語で発信する観点で執筆されていることが多い。この場合は、日本文化を示すためには英語が使われるのである。そこでは英語と日本文化が結びつく。日本文化を発信するときはsushi, sashimi, teppanyaki, manga, kaizen, yakuzaなどの語彙の使用が不可欠となる。その意味では、言語は文化的に中立と言うことではなくて、容易にいかなる文化とも結びつくという意味で、中立ということになる。中立性の高い「英語」ということにあくまでもこだわるならば、Basic Englishのような英語で作られた試験問題しか考えられなくなる。
TOEICの問題がFairnessを追求するならば、英語が各国の文化と結びついていることを反映すべきだろう。非西洋的な題材である、ラマダーン、ブルカ、イグルーなども登場してしかるべきと考える。世界の様々な諸国の衣食住は必要な題材だろう。英語が国際的な広がりを見せているので、英語が世界のさまざまな文化と結びついている現実を無視すべきではない。
2.6 TOEIC使用者の範囲
TOEIC受験者は世界的に広がりがあると、公式サイトでは述べているが、実は受験者の多くは日本人と韓国人であり、世界的なテストであるとは言えない。あたかも世界的な広がりを持つかのような宣伝があり、それに紛らわされているという人が多いようだ。有名なTOEFLやIELTS(2007年に年間100万人を超える受験者を初めて記録し、高等教育機関受験および英語圏への移民のための試験として人気の高い)、ケンブリッジ英語検定(300万人)のような世界的な広がりを見せるのかは予想できないが、アジア圏を中心に広がりを見せるようになる可能性は高いだろう。
2.7 TOEICのまとめ
TOEICの問題点をいくつか挙げたのだが、やはり一番の問題点は数値という抽象的なスコアが目標となっていることである。本来ならば、「英語で何々ができるようになる」ことが目的であり、結果として「そのことができるレベルはTOEICのスコアならば○○点である」ということになる。ところが、いつのまにやら、結果の方が主たる目的になってしまった。『TOEIC頻出問題集』とか、『TOEICを解くこつ』、などのタイトルの本が巷にあふれているが、これでは目的が逆立ちしている。また、ある会社が入社試験では○○点を取ることが必須であると宣言するならば、入社を希望する人には、そのことで英語学習へ駆り立てるが、要は入社が目的であり、英語学習はその手段である。本来ならば、英語で何々ができるようになるという目的がここでは見えなくなっている。
スコアを目標設定することは、このように人を真の語学学習に導くとはいいがたい。目標が抽象的になることであり、スコアを上げるだけのテクニックの訓練に片寄りがちになることである。つまり手段が目的化するのである。
第3章 CEFRとは何か
3.1 CEFR誕生の背景
CEFRが誕生した背景には、戦後の欧州国民の国家や民族に対する態度の変化がある。二つの大戦によりヨーロッパが大きく疲弊した反省から、第二次大戦後は、できるだけ戦争の生じる原因を取り除こうとした。資源の取り合いがこれまでの紛争の原因であったという反省から、鉄や石炭を協同で管理しようとしたのである。それにより、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が誕生したが、その後統合がさらに進んでいった。欧州はいくつかの段階を経て、経済統合や超国家的な組織へとその統合が進んでいった。次第に国を超えてヒトとモノが移動するようになっていた。2012年10月現在で、EUの加盟国数は27であり、公用語は23に及んでいる。
これらの経済的な統合に加えて、従来のヨーロッパの政治を動かしてきた国家や民族という概念にも再検討がなされるようになった。従来の概念を乗り越えた「統一ヨーロッパ」という概念が脚光を浴びるようになってきたのである。
3.2 欧州における言語教育
欧州における言語教育を述べるとは、欧州評議会(Council of Europe)のはたしてきた役割を述べることになる。欧州評議会とは1949年に設立されたヨーロッパの統合に取り組む国際機関である。この評議会は人権、民主主義の発展、法の支配、文化的協力に重点を置いている。類似の組織に欧州連合(EU)があるが、こちらは共通の政策、拘束力のある法令、加盟国数が27しかないという特徴を持っていて、欧州評議会とは、異なる組織である。ただし両者は旗など、共通のシンボルを使用している。
欧州評議会は、ヨーロッパの47か国によって構成され、それらの国の人口を合計するとおよそ8億人にのぼる国際機関である。加盟国は、EU全加盟国、南東欧諸国、ロシア、トルコ、NIS諸国の一部である。オブザーバー国は5か国(日本、アメリカ、カナダ、メキシコ、バチカン)である。所在地は、独仏国境のストラスブールにある。
欧州評議会は加盟国間の言語や文化を尊重する方針を打ち出している。その言語政策部局 (Language Policy Division) では、言語教育に関する研究・開発を進めている。その中に属するヨーロッパ現代語センターは、言語政策部局で開発された政策を推進して、言語教育改革を進めるためのプロジェクトを行っている。文化交流や言語教育は相互理解や平和教育の重要な手段となり得るとの考えから、相互の言語学習促進をすすめている。欧州評議会は元々は人権問題に主に関わっていたが、1970年のはじめから、政治的・文化的問題と関連する言語政策・教育の仕事に取り組み始めた。
欧州評議会は5つの理念を掲げている。「複言語主義」、「言語の多様化」、「相互理解」、「民主的市民性」、「社会的結束」である。これらの5つの理念は注目に値する。Council of Europe (2004:2)では、ヨーロッパにおける多様な言語と文化の豊かさは価値ある共通資源であり、保護され、発展させるべきものである、と述べている。また、その多様性をコミュニケーションの障害物としての存在から、相互の豊穣と相互理解を生む源へと転換させるために、主たる教育上の努力が払われねばならない、とも述べている。
細
川・西山(2010:110)によれば、コミュニケーションが改善されることで、人口移動に拍車がかかり、それで人々が直接的に接触する機会を多くなり、そのことが相互理解を改善して、共同作業をやりやすくすることになると説明している。また、大木・西山(2011:7)では、社会的結束を「地域社会の構成員として生きていく」と解釈している。また、ヨーロピアン・アイデンティティの自覚促進も欧州評議会の課題の一つである。このように欧州評議会の理念は相互に繋がり一つの体系を構築しているのである。
3.3 複言語主義
ここでは、言語問題に関係する「複言語主義」「言語の多様化」について焦点を合わせる。欧州評議会の提唱する言語教育の中核の理念である「複言語主義」だが、これは欧州における言語的平等という理念とも関連する。複言語主義とは、ヨーロッパ市民が生活体験の中で得た実感を意識化したものである。同時に、今後のヨーロッパ社会で生きていくための意思表明でもある。
なお、「多言語主義」という用語がある。これは「複言語主義」と名称が似ている。しかし、欧州評議会では、二つの用語は似ているが使い分けがされている。多言語主義(multilingualism)は、社会の多言語のあり方にかかわる。複言語主義(plurilingualism)は個人の言語状況にかかわる。細川・西山(2010:38)によれば、「多言語主義」は一つの地理的領域に一つ以上の言語変種が存在することをいい、その社会レベル(=マクロ的)の言語多様性を尊重・促進する姿勢である。一方の「複言語主義」は個人レベルでの複数言語の併存状態をいい、その個人レベル(=ミクロ的)の言語多様性を尊重・促進する姿勢である。
細川・西山(2010: 39)は、「複言語主義とは、国家語、地域語、少数言語、外国語など言語間の違いの基盤となる実態としての言語という立場を取らないことで、国家と国家語の違いの基盤となる実体としての言語という立場を採らないことで、国家と国家語の関係の固定化を避けようとする。つまり、人間を社会的存在ととらえ、アイデンティティのあり方として、国籍や民族に加え、民主的なシティズンシップに基づく社会形成の創造性を保障する」と述べている。
まとめると、多言語主義は、社会の多言語のあり方にかかわる。一方の複言語主義は個人の言語状況にかかわる、のである。これまでヨーロッパを支配してきた国民国家の概念とこれらのヨーロッパ評議会の考えは真っ向から対立する。それは、1言語、1民族、1国家という従来から長く続いてきた公式には異議を唱えようとするものである。
3.4 欧州言語年2001
European Year of Languages 2001(欧州言語年2001)では、欧州の言語的多様性を記念するイベントがいろいろと行われた。欧州連合と欧州評議会が協力して、いくつかのイベントを実施した。そのイベントでは、「多様性は欧州の力であり、EU域内の異なる言語は、欧州の文化遺産であり、欧州のすべての言語は平等に学習されるべきである」という理念が示されている。そして、EUの市民に対して複数言語「1+2」、すなわち「母語プラスEUの2か国語」の習得が推奨された。
このヨーロッパの多様性を受け入れようとする言語理念だが、これをそのままの形で日本に移入するのは難しい面もある。自分の母語の他に二つの言語を学ぼうとすることは、かなりの重荷であると思えるが、ヨーロッパのように同じ言語種に属する言語話者同士の場合はさほど負担ではない。
山川(n.d.: 96)によれば、ヨーロッパの人の56%は他の外国語を一つ話せるし、二つの外国語を話す人は28%であるとのことである。つまり母語しか話せない人は44%とむしろ少数派である。この数字を見れば、母語+2か国語の学習の奨励は日本だとかなり非現実的と考えられるが、ヨーロッパでは、庶民の実感にそっていることになる。
第4章 CEFRとELP
4.1 二つの言語教育ツール
CEFRとELPは、欧州評議会の言語教育に関する理念の具体的なツールである。それらについてはいろいろな開発が行われ、その内容も深化している。
CEFRの開発には長い歴史がある。欧州評議会は学習目標を特定するための機能ー概念モデルを開発してきており、文化協力、外国での日常生活において、その国の人と交流するための必要最低限の能力をThresholdレベルと規定して、その内容を言語材料と言語機能・概念の面から具体的に示してきた。そのモデルが発展したものがCEFRである。CEFRはCommon European Framework of Reference for Languages : Learning, Teaching, Assessmentの略称であり、「欧州言語共通参照枠」と訳されている。
ELP はEuropean Language Portfolioの略称であり、「欧州言語ポートフォリオ」と訳されている。そこに見られるのは、行動主義と生涯学習という理念である。それらは学習者の自律学習や複言語学習へと結びついている。
4.2 CEFR
CEFRの自己評価表は、各レベルを示すために能力記述文を用いている。レベルの基準が言語に関する知識(語彙や文法)ではなくて、学習者が当該言語を用いて「何が」できるのか、その行動が「どの程度うまく」遂行できるかに基づいている。そのために、すべてがCan-do statementで記されている点が特徴である。
たとえば、「書くこと」に関するA1レベルでは、次のように記述されている。「新年の挨拶など短い簡単な葉書を書くことができる。たとえばホテルの宿帳に名前、国籍や住所といった個人のデータを書き込むことができる」(Council of Europe 2004: 28)。このような具体的な目標が与えられているので、書く力を伸ばそうと考えている学習者には、きわめて取り組みやすい目標となっている。
岡(2008:5)によれば、CEFRの最大の特徴は、いかなる評価からも独立した客観的絶対的尺度といわれているCan-do statementを用いていること、点数方式ではなくて6段階による尺度の方を用いて、自己評価にも他者評価にも使っていることにあると考えている。さらに、岡(2008:52)は、CEFRが部分的能力(partial competence)を重視することで、これまでの言語学習が言語システムを完全に習得することを前提とする立場をくつがえすものであり、また特定の技能領域にだけに特化することも可能とする、と述べている。
このような特徴から、ヨーロッパでは、CEFRが今後の国際基準を設定するうえでのモデルとなるという認識が広まっている。現在、ポーランド語やドイツ語、フィンランド語では、小学校から大学までの一環システムが完成して、それにそって、指導要領や教材開発が実践されている(岡2008:5)。また、イギリスでは、学校教育だけでなく、ビザ申請者に対して必要な言語能力をCEFRに基づいて示すなど、言語能力の評価基準として活用が進んでいる。
4.3 CEFRへの批判
このようなCEFRであるが、もちろん批判もある。まずCan-do statementという形式の記述文が抽象的であるとの批判がある。また学習成果を異なる地域で相互に承認することが可能かという疑問がある。また細川・西山(2010:150)によれば、CEFRの6分類も、いわゆる上級・中級・基礎をさらに二つに分けただけであり、あまり革新的なことではない、としている。
岡(2008:57)は、「知る」ということが、CEFRでは軽んじられていると批判している。つまり、ESLの環境では、それが「できるかどうか」を実感できるだろうが、日本では教育的環境が異なるのであるから、ヨーロッパの環境を想定したCEFRを無条件に受け入れるのは問題だろうと述べている。
4.4 ELP(欧州言語ポートフォリオ)の3つの要素
ELPは、学習・実習を通して作成されたものを個人の学習記録として学習者が記録する。ELPは次の3つから構成される。①言語パスポート(LP: Language Passport)、②言語学習履歴(LB: Language Biography)、③学習成果記録集(Dossier)である。これらには、二つの機能がある。(1)報告的機能としては、それらの収集物を達成度の評価基準として参照すること、(2)教育的機能としては、学習者が自らの自己の学習を振り返って新たな目標設定に活用すること、である。
学校教育の場での使用する時は、3年間あるいは4年間という限られた期間で使うことになる。その場合は、学習者は何かの習い事のように段階で区切り、伸びが実感できるようにする。自らの学習の伸びを毎回確認することで、学習の成就感を得ることが出来る。また、かなり長い期間を想定することもできる。小学生の時から、大学生の時までというような20年近い時間単位でLanguage Biographyとして使うこともできる。
4.5 複言語主義の他地域への普及の可能性
複言語主義の他地域への普及の可能性は、欧州連合のような超国家的な組織が誕生する可能性が世界の他の地域にはあるのかという点と関連する。可能性がある場合、ヨーロッパ評議会が提案した「複言語主義」がそのまま受け入れられるのかという問題とつながる。いずれにせよ、その可能性は、その地域での人と物の行き来(旅行・労働・留学・交流・貿易)がどのように盛んになっていくか、その実情と関係していく。ここでは具体的な地域として、アジアを取りあげてみよう。
第1に気づく点は、「ヨーロッパはさまざまである」と言っても、その複雑さはアジアと比べれば、まだまだ統一性・一様性が見られることである。ヨーロッパの人種は白人であり、宗教もキリスト教である。日常生活の中に民主主義が定着して消費文化が栄えている。インドヨーロッパ語族の言語を使っており、言語間の相違は表面的なものであり、書記法でさえもアルファベットを使っている点で共通である。ヨーロッパにおける複言語主義と言っても、正確に言えば、相似の言語の複数学習に過ぎない。
アジアは多様か一様かという単純な問いかけをすると、その相違の方がまず目立つ。文化、生活水準、政治体制、宗教は異なっている。言語を取り上げても、基本文法からの相違、書記法の違いと、ひとくくりにするには難しい面が多い。アジアの実状を見れば、簡単に複言語主義を提唱することが難しくなる。
EUは自らを多言語の共同体であり、ヨーロッパの多様性は財産であると述べている。しかし、アジアの諸国には、そのような認識はないようだ。むしろ、自国の言語的多様性は統一の妨げになると考えているように見える。それは多言語主義がヨーロッパでは統一の妨げにならない程度であるが、アジアでは妨げになる程度の深刻さであるという違いから、認識の相違は生まれている。
4.6 アジア諸国と複言語主義
アジアの諸国がEUの言語教育に関心を持ち今すぐそこから何かの知見を得ようとしてわけではない。しかし、個々の報告には、何かのインパクト、とりわけCEFRの存在がアジア諸国の言語教育に影響を与えつつあることが報告されている。
岡(2008:5)によれば、中国の英語教育では、学習指導要領にCEFRの基本構想を取り入れて、到達目標を国際的に対応できるようにしている。拜田(2012)によれば、ベトナムでは2001 年に国家がCEFR の導入を決めたとのことである。CEFR 導入の契機となったのは、2001 年の教育改革であった。これは2001 年当時行われた言語能力の到達度調査で、日本の高校3 年生にあたる第12 年生の英語力がCEFR でB1、大学4年生がB2 レベルと判明したのが発端だそうである。思いのほか到達度が低いと判断されたことが契機になったとしている。
相
川(2008:105)によれば、アジア版のCEFRを作成するには、いくつかの手直しが必要と述べている。初期レベルPre-A1の設定が必要であると主張している。そこでは、アルファベットの大文字小文字を読むことができるようになることも評価すべきとしている。これはアジアの実態に合わせた修正提案である。またアジアの各国とも周囲にその学習言語を話す人がいない状況を考慮して、「いかに自らが周囲の言語環境を克服して、英語能力の開発を行うことができるか」という特有の視点が東アジアには必要であると述べている。結論としては、アジア地域でのCEFRの適用はかなりの手直しが必要のようである。
第5章 CEFRが日本に与えつつある影響
5.1 日本への影響(日本語能力検定試験)
日本への影響として、日本語能力検定試験のレベルの改訂、CEFR japanの試みや、NHKにおける2012年度から英語講座でのCEFRを新基準として導入、英語検定協会による試案が上げられる。
日本語能力検定試験(JLPT)がCEFRの影響を受けて、近年改定された。日本語能力試験 Can-do 自己評価レポート』《中間報告》によれば、各レベルの受験者に対して、どの程度Can-doができるか質問をしている。それを積み重ねて客観的な基準を得ようとしている。Can-do Statementsで、どうすれば継続的に同一の力を測ることのできる問題が作成できるのかという疑問だが、尺度得点により、同一の日本語能力を正確に測ることで可能になるようだ。以下のように説明がある。
異なる時期に実施される試験では、どんなに慎重に問題を作成しても、試験の難易度が毎回多少変動します。そのため、試験の得点を「素点」(何問正解したかを計算する得点)で出すと、試験が難しかったときと易しかったときとでは、同じ能力でも違う得点になることがあります。そこで、日本語能力試験の得点は、素点ではなく、「尺度得点」を導入しています。尺度得点は「等化」という方法を用いた、いつも同じ尺度(ものさし)で測れるような得点です。また、旧試験の1 級、2 級、3 級、4 級に合格できる日本語能力をもった受験者は、それぞれ新試験のN1、N2、N4、N5 に合格できる日本語能力をもっていると解釈することが可能です。旧試験での対応級が存在しないN3 については、旧試験の2 級と3 級の合否判定水準における日本語能力レベルを統計学的に分析し、旧試験の2 級と3 級の合否判定水準の間にN3 の合格点が収まるように設定されています。
また、JF日本語教育スタンダード施行版も開発が進んでいて、そのサイトでは、「JF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード)は、日本語の教え方、学び方、学習成果の評価のし方を考えるためのツールです。JFスタンダードを使うことによって、日本語で何がどれだけできるかという熟達度がわかります。また、コースデザイン、教材開発、試験作成などにも活用できます。」と説明がしてある。
これらの問題点としては、細川・西山(2010:113)が指摘するように、JF日本語教育スタンダードは、CEFRのような高邁な理念が提示されていない点である。とりわけ、JFスタンダードでは、日本国内の多言語状況について言及した部分は少ないという点が批判されている。たしかに、JFスタンダードがCEFRと同様の意味での言語の多様化を推進していようとしているとは考えられない。また、細川・西山(2010: 153)は、国際交流基金では、「市民権の確立」、「社会形成」というCEFRの理念部分がほとんど無視されていると不満を述べている。
5.2 NHKのラジオ講座
NHKはCEFRの影響を受けて、2012年の4月から英語番組は、いくつかのレベル分けを行ったことは特記すべきことである。CEFRと比べて、一つレベルが多いが、それはA0の増設という点である。ヨーロッパ言語を話す人同士が近隣の言語を話すのはさほど難しいことではない。そのために、初心者でも、すぐにA1から始められる。しかし、日本語話者のように英語などとはかなり言語的な隔たりがある場合、さらには日本文化のように高コンテキスト文化の話者では、A1でもかなり敷居が高いことになる。そのために、A1よりも前段階をもうけることが適切なことになる。
表1 NHKが提示したレベル分け
レベル 内容
C2 あらゆる話題を理解して、細かい意味の違いも表現できる
C1 複雑な話題を理解して、明確で論理的な表現ができる
B2 社会生活上の幅広い話題を理解して、自然な会話ができる
B1 身近な話題を理解して、意思と理由を簡単に表現できる
A2 日常の基本表現を理解して、簡単なやりとりができる
A1 日常の簡単な表現を理解して、基本的なやりとりができる
A0 ごく簡単な表現を聞き取って、名前や年齢を伝えられる
(サイト「2012年度NHK英語講座」)
なお、英語番組だけがCEFRの影響を受けて改編している。英語番組は細かくレベル分けがされているので、CEFRの区分けに従って再編するのは可能である。しかし、ドイツ語やフランス語のような他の外国語は、種類が少ないので、このような区分けは難しい。
5.3 英検とCEFR
英検はTOEICと比べて受験者の獲得という点において遅れてしまったのだが、CEFRを使うことには進んでいる。英検とCEFRの関連性について次のような文章が英検の公式サイトにある。
当協会では、2007年度に英検CEFRに関する研究プロジェクトを発足させ、2年間、調査を進めてきました。まず、プロジェクトの目標を明確にしておきます。この報告の前半部分でも述べたように、日本の教育環境にCEFRそのものを反映できるかどうかということは、慎重に考えるべきです。もちろん、反映できるかどうかを探ることは、プロジェクトの大切な目標の一つです。ただし、英検とCEFRの研究プロジェクトの第一の目標は、英検とCEFRとの関連性を探りながら、海外では幅広く知られているCEFRを、一つのコミュニケーションツールとして使用して英検のレベル制の意味を説明したり、海外の教育者とのコミュニケーションを促進したりすることです。実際、CEFRはヨーロッパをはじめ、ヨーロッパ以外でも語学検定機関や教育団体、行政官庁などに注目されていますし、根拠のある、歴史が長いものとして幅広く使用されていると言えます。一方、英検は日本の社会や教育現場において非常に歴史が長く、日本のEFL環境の現況や日本人の学習者のニーズを反映している試験であると言えます。また、当協会は、21世紀を担うテスト団体として言語教育や測定に関する国際的な学会や、海外の教育機関と活発に交流をしています。ただ、英検の活動は日本では広く理解されていますが、海外の研究者と交流する場合は、国内と同レベルの理解を受けることは期待できません。そこで、CEFRのような、広く認められている規準を説明の道具として使用すれば、いろいろな交流を円滑に行うことが期待できるでしょう。
そして、そのサイトによれば、CEFRと英検は表2のように対応している。これはA1レベルは英検の3級、4級、5級と該当するとしているが、A1で3つの級を該当するのは疑問とされる面もある。独自にA0を設定して、それに英検5級が対応するなどと工夫することも一つの方法であろう。
表2 CEFRのレベルと英検のレベルの対応表
CEFRのレベル 対応する英検のレベル
C2 ―
C1 英検1級
B2 英検準1級
B1 英検2級
A2 英検準2級
A1 英検3級、4級、5級
(サイト、英検とCEFRの関連性について)
さらに、「英検Can-doリスト」はが公開され、各級の合格者が「できるであろう」行動が技能ごとにリスト化されている。それは合格者に対して、「何ができるのか」をアンケート調査を行い、それを積み重ねて表3のようにまとめ上げている。
表3 英検Can-do リスト
読む 聞く 話す 書く
1級 社会性の高い幅広い分野の文章を理解することができる。 社会性の高い幅広い内容を理解することができる。 社会性の高い幅広い話題についてやりとりをすることができる。 社会性の高い話題についてまとまりのある文章を書くことができる。
準1級 社会性の高い分野の文章を理解することができる。 社会性の高い内容を理解することができる。 社会性の高い話題について、説明したり、自分の意見を述べたりすることができる。 日常生活の話題や社会性のある話題についてまとまりのある文章を書くことができる。
2級 まとまりのある説明文を理解したり、実用的な文章から必要な情報を得ることができる。 日常生活での情報・説明を聞きとったり、まとまりのある内容を理解することができる。 日常生活での出来事について説明したり、用件を伝えたりすることができる。 日常生活での話題についてある程度まとまりのある文章を書くことができる。
準2級 簡単な説明文を理解したり、図や表から情報を得ることができる。 日常生活での話題や簡単な説明・指示を理解することができる。 日常生活で簡単な用を足したり、興味・関心のあることについて自分の考えを述べることができる。 興味・関心のあることについて簡単な文章を書くことができる。
3級 簡単な物語や身近なことに関する文章を理解することができる。 ゆっくり話されれば、身近なことに関する話や指示を理解することができる。 身近なことについて簡単なやりとりをしたり、自分のことについて述べることができる。 自分のことについて簡単な文章を書くことができる。
4級 簡単な文章や表示・掲示を理解することができる。 簡単な文や指示を理解することができる。 簡単な文を使って話したり、質問をすることができる。 簡単な文やメモを書くことができる。
5級 アルファベットや符号がわかり、初歩的な語句や文を理解することができる。 初歩的な語句や定型表現を理解することができる。 初歩的な語句や定型表現を使うことができる。 アルファベット・符号や初歩的な単語を書くことができる。
(サイト、英検とCEFRの関連性について)
表3は簡単な説明に過ぎないが、これにはさらに詳しい具体的なリスト表がついていて学習者が自分の自己評価をするのを役立てることができる。本稿のスペースの関係ですべてをあげることはできないが、ここでは準2級に関してのリストを表4に示す。
表4 準2級 Can-doリスト(英検合格者の実際の英語使用に対する自信の度合い)
読む 簡単な説明文を理解したり、図や表から情報を得ることができる。
簡単な説明文を理解することができる。(外国の生活や文化を紹介する教材など)
公共の施設などにあるお知らせや注意事項を理解することができる。(会場使用上の注意など)
簡単に描かれた図や表から、必要な情報を得ることができる。(いろいろな調査の 結果のグラフなど)
時刻表を見て、目的地や到着時刻などの情報を得ることができる。
聞く 日常生活での話題や簡単な説明・指示を理解することができる。
興味・関心のある話題に関する話を理解することができる。(趣味に関すること、好きな音楽や スポーツのことなど)
日常生活の身近な話題に関する簡単な話を聞いて、その内容を理解することができる。(学校、 クラブ活動、週末の話など)
授業や研修で先生の指示を理解することができる。 (例:Answer the question on page 27. / Give some examples of ….)
簡単なアナウンスを聞いて、理解することができる。(集合場所、乗り物の出発や到着時刻など)
簡単な道案内を聞いて、理解することができる。 (例:Go straight and turn left at the next corner.)
簡単な内容であれば、電話で相手の話を理解することができる。(日時の約束、短い伝言など)
話す 日常生活で簡単な用を足したり、興味・関心のあることについて自分の考えを述べることができる。
興味・関心のあることについて、自分の考えを述べることができる。(好きなスポーツ、 趣味に関することなど)
自分の将来の夢や希望について、話すことができる。(訪れたい国、やりたい仕事など)
自分の気持ちを表現することができる。(うれしい、悲しい、さびしいなど)
簡単な約束をすることができる。(会う場所や時間など)
ファーストフード・レストランでメニューを見ながら注文をすることができる。 (食べ物、飲み物、サイズなど)
電話で簡単な表現や決まり文句を使って応答をすることができる。 (例:Please wait a moment. / Hold on. / Speaking.)
書く 興味・関心のあることについて簡単な文章を書くことができる。
自分の将来の夢や希望について、書くことができる。(訪れたい国、やりたい仕事など)
自分のお気に入りのもの、身近なものを紹介する簡単な文章を書くことができる。 (自分のペット、好きな本など)
短い手紙(Eメール)を書くことができる。(友達やペンフレンドへの簡単な手紙など)
簡単なお知らせを書くことができる。(パーティーの日時や場所、文化祭の日程など)
簡単な予定を手帳やカレンダーなどに書き込むことができる。 (例:Meet Yoko at the station at ten / Go shopping with Jill)
(サイト、英検とCEFRの関連性について)
このリストは極めて有効である。これを見て、教員が授業での活動として、たとえば、時刻表からスケジュールを作成させたり、公共の掲示を読ませたり、クラスの前で自分の夢を語らせたり、簡単なメールを書かせたりする、等の活動を取り入れることができる。
このように英検ではCEFRの成果を取り入れることに積極的であるように見える。おそらくA1(あるいはA0)からC2までの6段階(あるいは7段階)に対応するような形で英検の試験を編成し直していくのではないか。それによって、従来はTOEICと比べて遅れていた国際性と権威付けを取り戻そうとするのではないか。
5.4 TOEICにおけるCEFR受容の動き
現状では、TOEIC側にCEFRに応じる積極的な動きは見られない。英検やNHK英語番組のような細分化した形での試験形態ならば応用しやすいが、TOEICといういわば一種類だけの試験に対しては応用は難しい。さらにTOEICは「読む」と「聞く」という要素に特化した試験なので、CEFRの4技能という分類に対して相応しづらい。なお、TOEICとCEFRの関連だが、以下にその対応表を提示する。
表5 TOEICとCEFRの対応表
Level A1 A2 B1 B2 C1 Scale range
Listening 60 110 275 400 490 5-495
Reading 60 115 275 385 455 5-495
Total 120 225 550 785 945
(Mapping the TOEICR and TOEIC Bridge™ Tests on the Common European Framework of Reference for Languages)
ただTOEIC側でもCEFRの重要性は十分に意識しているようである。長沼(2008)によれば、新TOEICへの試験改定に伴い、レベル別評価(Score Descriptors)がスコアシートに記載されるようになったという。さらにはTOEFLでもインターネット版のiBTへの移行にあたって、スコアバンドごとの Competency Descriptorsが公開されるなど、テストの近代化と同時にCan-do statementsの開発が進められている、と報告している(長沼2008)。
第6章 CEFRと学習指導要領
6.1学習指導要領
大学を中心とした語学教育界ではCEFRが流行のようになっているが、文部科学省をはじめとする政府の態度はどのようである。それは、現在の学習指導要領にはCEFRの影響は見られるかどうか、あるいは各審議会で提唱している言語政策の方向性がCEFRを見据えたものになっているかどうか。あるいは、直接的にはその影響は見られないが、間接的にはあるのか、もしくは影響は全くないが、たまたま同じ方向性を示しているかではないか。そのような点の検証をおこなってみたい。
6.2 学習指導要領における多文化主義
中学校も高校の学習指導要領も多言語主義の観点からの説明はない。この点でCEFRがヨーロッパの多言語状態からインスピレーションを得たことと対比的である。言語や人種に対しての偏見はどのように取り扱うのか。これまでは、日本人の子どもたちが西洋の言語には肯定的なイメージを抱き、アジアアフリカの言語には否定的なイメージを抱くのは教育の効果であるとも考えられる。この点で、1947年の学習指導要領で述べられている目標は、森住(2012:6)によれば、以下のようである。
①英語で考える習慣をつけること。②英語の聴き方と話し方を学ぶこと。③英語の読み方と書き方を学ぶこと。④英語を話す国民について知ること、特に、その風俗習慣および日常生活について知ること。(①については「英語を学ぶということは、できるだけ多くの英語の単語を暗記することではなくて、われわれの心を、生まれてこのかた英語を話す人々の心と同じように働かせること」とある。
森住は、英語教育の目標が「英語を話す人々と同じように働かせること」という文言を指摘して、当時はこのような考えが一般的であったと述べている。この指導要領の目的は、英語教育を通して、われわれを「英米人」に仕立て上げることになる。このような考えは、1951年の指導要領の改訂以降はなくなり、現代の指導要領に至っている。しかし、根底ではまだ続いていると考えられよう。新しい高校の学習指導要領では、英語による授業をかなり強調している。それは英語を話す人々と同じように頭を機能させることに繋がり、1947年の学習指導要領への先祖返りであるとも言えよう。
もちろん、近年の教科書には文化的多様性をできるだけ反映させるようになっていて、特に三省堂のCrownシリーズなどは、その傾向が顕著である。ただ、無意識のレベルでは、1947年の指導要領の思想がまだ生きているのではという懸念をいだくのである。
6.3 学習の目標としてのスコアと記述文による目標
2012年4月から施行された新指導要領では、外国語(英語)教育の充実がうたってある。本稿では高等学校段階での指導要領の特徴を見ていくことにする。その特徴としては、(1)高等学校で指導する標準的な単語数を1,300語から1,800語に増加すること、(2)授業は英語で指導することを基本(中学校、高等学校合わせて2,200語から3,000語に増加)とすること、(3)「はどめ規定」(詳細な事項は扱わないなどの規定)を原則として削除することである。英語教育の量を増やすこと、高校での英語による授業の取り入れであり、明らかに「ゆとり教育」で示された哲学からの決別となっている。
科目ごとにも見ていきたい。高校での外国語(英語)の科目は次のようになる。「コミュニケーション英語基礎」「コミュニケーション英語Ⅰ」「コミュニケーション英語Ⅱ」「コミュニケーション英語Ⅲ」「英語会話」「英語表現Ⅰ」「英語表現Ⅱ」の7科目となっている。このうちで、コミュニケーション英語Ⅰが必修で、あとは選択である。
その単位数は、コミュニケーション英語基礎(2)、コミュニケーション英語Ⅰ(3)、コミュニケーション英語Ⅱ(4)、コミュニケーション英語Ⅲ(4)、英語会話(2)、英語表現Ⅰ(2)、英語表現Ⅱ(4)である。
それぞれの科目の中身であるが、指導要領では、次のようになっている。「コミュニケーション英語基礎」は、身近な場面や題材に関する内容を扱い、日常的な事柄についてコミュニケーションを図る活動等を行うことを通して4技能を総合的に育成することにより、高等学校での学習に円滑に移行させることをねらいとして内容を構成する。
「コミュニケーション英語Ⅰ」は、4技能を総合的に育成することをねらいとして内容を構成し、統合的な活動が行われるようにするとともに、そうした活動に適した題材や内容を扱うこととする。その際、たとえば、社会科や理科など他教科で学習する内容、自国や郷土の風俗・習慣、歴史、その他の様々な伝統や文化に関する内容、発明や発見などの科学技術や自然に関する内容、異文化コミュニケーションに関する内容等、コミュニケーションへの関心・意欲・態度の育成にも資する題材や内容を選択的に取り上げ、体系立てて扱うものとする。
「コミュニケーション英語Ⅱ」は、「コミュニケーション英語Ⅰ」の基礎の上に、総合的な英語力の向上を図る指導を行うことをねらいとして内容を構成する。「コミュニケーション英語Ⅲ」は、「「コミュニケーション英語Ⅰ」及び「コミュニケーション英語Ⅱ」の基礎の上に、総合的な英語力の向上を図る指導を行うことをねらいとして内容を構成する。
「英語会話」は、身近な場面や題材に関する内容を扱い、音声を中心にコミュニケーションを図る活動等を行うことを通して、必要な情報や考えを聞いたり、話したりすることができる力の向上を図るような指導を行うことをねらいとして内容を構成する。
「英語表現Ⅰ」は、基本的な言語規則に基づいて、様々な場面に応じて適切に話すことや書くことができるようにし、あわせて論理的思考力や批判的思考力を養うことをねらいとして内容を構成する。
「英語表現Ⅱ」は、スピーチやプレゼンテーション、ディスカッション、ディベートなど高度なコミュニケーションを行うことができるようにすることや複雑な文構造を用いて正確に内容的なまとまりのある多様な文章が書けるようにすること、あわせて論理的思考力や批判的思考力を養うことをねらいとして内容を構成する。
このような表現で各科目の中味を示している。これらは、抽象的な表現であり、科目の基本的な考えを理解してもらうことが主たる狙いである。実際の指導の参考にするには、学習指導要領をさらに詳しく読んでいかねばならない。
6.4 学習指導要領の示す授業
学習指導要領の中には、Can-do Statementの直接的な影響をうかがわせるものはない。しかし、目標は「~ができる」という到達目標で記載される傾向があることは注目すべきである。ここでは、コミュニケーション英語基礎、コミュニケーション英語I、コミュニケーション英語Ⅱ、コミュニケーション英語Ⅲに関して、目標と内容の項目を見ていく。
コミュニケーション英語基礎
目標:英語を通じて,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに,聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどの基礎的な能力を養う。
(1) 1の目標に基づき,中学校学習指導要領第2章第9節の第2の2の(1)に示す言語活動を参照しつつ,適切な言語活動を英語で行う。 (2) (1)に示す言語活動を効果的に行うために,それぞれの生徒の中学校における学習内容の定着の程度等を踏まえた上で,中学校学習指導要領第2章第9節の第2の2の(2)のアに示す事項を参照しつつ,適切に指導するよう配慮するものとする。
まず、文中にある「1の目標」とは上段の「目標」のことであることを指摘しておく。「コミュニケーション英語基礎」に関しては、中学との接続が大いに意識されている。それぞれ、中学校での英語教育の成果を参照しながら、高等学校では、それを活用することが主たる役目である。この場合は「基礎的な能力」とあるだけで、「基礎的な能力とは何か、何をどのようにするのかという具体的な指示が乏しいように感じられる。
コミュニケーション英語I
目標:英語を通じて,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに,情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする基礎的な能力を養う。
内容:生徒が情報や考えなどを理解したり伝えたりすることを実践するように具体的な言語の使用場面を設定して,次のような言語活動を英語で行う。
ア:事物に関する紹介や対話などを聞いて,情報や考えなどを理解したり,概要や要点をとらえたりする。
イ:説明や物語などを読んで,情報や考えなどを理解したり,概要や要点をとらえたりする。また,聞き手に伝わるように音読する。
ウ:聞いたり読んだりしたこと,学んだことや経験したことに基づき,情報や考えなどについて,話し合ったり意見の交換をしたりする。
エ:聞いたり読んだりしたこと,学んだことや経験したことに基づき,情報や考えなどについて,簡潔に書く。
「的確に理解したり適切に伝えたりする」という表現は曖昧である。たしかに具体的な目標にすれば、全国に無数にある高等学校に適用されるべき表現を見つけることは非常に難しいことになるだろう。その意味ではこの表現しかないのかもしれない。
しかし、たとえば、イに関しては「つながりを示す語句」の重要性を力説している。指導要領の細部では次のように示している。その例として、順序を表す語句(first,second,lastly など)、出典を表す語句(according toなど)、付加情報を表す語句(furthermore,in addition など)、要約を表す語句(to sum up,to concludeなど)、同列を表す語句(in other words,that is to say など)、結果を表す語句(therefore,as a resultなど)、対比を表す語句(however,on the other hand など)等の重要な語句を具体的に示している。学習の指導者並びに学習者はどの語彙を学べばいいのかが分かりきわめて有益である。
コミュニケーション英語Ⅱ
目標:英語を通じて,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに,情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする能力を伸ばす。
内容:生徒が情報や考えなどを理解したり伝えたりすることを実践するように具体的な言語の使用場面を設定して,次のような言語活動を英語で行う。
ア:事物に関する紹介や報告,対話や討論などを聞いて,情報や考えなどを理解したり,概要や要点をとらえたりする。
イ:説明,評論,物語,随筆などについて,速読したり精読したりするなど目的に応じた読み方をする。また,聞き手に伝わるように音読や暗唱を行う。
ウ:聞いたり読んだりしたこと,学んだことや経験したことに基づき,情報や考えなどについて,話し合うなどして結論をまとめる。
エ:聞いたり読んだりしたこと,学んだことや経験したことに基づき,情報や考えなどについて,まとまりのある文章を書く。
内容に関しては、これだけでは説明不足と考えたのか、「(2) (1)に示す言語活動を効果的に行うために,次のような事項について指導するよう配慮するものとする。」とあって、たとえば、アの部分に関しては、「内容の要点を示す語句や文,つながりを示す語句などに注意しながら読んだり書いたりすること」を指導することとしているが,読んだり書いたりすることのみならず,聞いたり話したりすることにおいてもこれらの点に着目し,たとえば,キーワードやトピック・センテンスを的確に把握して内容の展開を理解するとともに,その後の展開を予想して聞いたり話したりするように指導することも大切である。」とより具体的に付け加えてあるので、授業では、生徒にキーワードやトピック・センテンスを自然と意識させようとすることになる。
コミュニケーション英語Ⅲ
目標:英語を通じて,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに,情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする能力を更に伸ばし,社会生活において活用できるようにする。
内容:(1) 1の目標に基づき,「コミュニケーション英語Ⅱ」の2の(1)に示す言語活動を更に発展させて行う。
(2) (1)に示す言語活動を行うに当たっては,「コミュニケーション英語Ⅱ」の2の(2)と同様に配慮をするものとする。
コミュニケーション英語Ⅲに関しては、コミュニケーション英語ⅠとⅡの延長上にあることになる。このような指示の仕方であると、「何をどうするか」という具体策が見えないが、それは各学校の施策に任せるということであろう。
6.5 Can-do-Statementの影響
このように学習指導要領を見ていくと、特にCEFRの直接的な影響を受けているとはいいがたい。ただ、動詞を用いて具体的な目標を述べるという点で、その方向性には共通性があるようにも思える。
なお学習指導要領は相対的な表現にならざるを得ない部分がある。つまり、「中学校の学習を受け継いで」とか「何々の科目を踏まえて~」という表現である。これはCEFRでは、具体的な表現で、絶対的な基準を示していることと対比的である。CEFRのように、どの技能ができるようになるかという到達目標だときわめて分かりやすい。たとえば、「クリスマスカードを書くことができる」とか、すべて目標設定型である。一方の学習指導要領は「指導」とあり、教員向けの指南書である。前後の年度との繋がりを考えて授業する上からは、このような指示は仕方がないのかもしれない。
大学のカリキュラムマップなどは到達目標型の表現になりつつあるので、高校から大学へとその表現の統一化をどのように進めるかも問題となる。いずれにせよ、Can–do -Statement におけるCEFRの直接的な影響ではないとしても、目標を動詞で示すという到達目標準拠型の表記方法は近年の傾向のように思われる。
第7章 学習法の一つの提案
7.1 学習法とは
前章までに、TOEICやCEFRのそれぞれの特徴を述べたのだが、それではどのような教育が可能かという疑問が出るだろう。それを踏まえて具体的な授業の方法について考えてみたい。授業の方法となると、まず学習者のどの技能を伸ばすかという点で4技能に分けるのが伝統的な方法であった。しかし、近年ではむしろ一体化して教えるべきと考えられるようになってきた。それは「コミュニケーション」という語でまとめてしまうのである。しかし、本稿では、日本という土壌では、各技能に分けて指導もありえると考えるのであり、CEFRでも依然として4技能に分けて用いているので(厳密には、話すことは「やり取り」と「表現」に分かれている)、4技能について順次論じていきたい。
もちろん、4技能という区分けは授業の方法上では有益かどうか、あるいは、英語という技能は区分けできうるのかという疑問があるのだが、そのことの是非は本稿では深入りしないことにする。
7.2 言語パスポートの利用
4技能の到達目標をどこに記すか、それは言語パスポートに記して、常に学習者は参照できるようにすべきである。言語パスポートの期間だが、大学4年間というスパンを考えてみる。中学や高校ならば、高校3年間とか中学3年間、あるいは中高一貫教育を行う教育機関ならば、6年間というスパンで考えていくことができよう。さらには、幼稚園のpreschool時代から始めることも可能である。
大学の1年間は前期、後期と分けられる。そこで、大学4年間を8つの時期に分けるのが自然である。それぞれを1年前期、1年後期、2年前期などと区分けして、それぞれに目標を設定することができる。TOEICのスコアを目標に定めることもあるだろうし、CEFRを使用した到達目標を示すことも可能である。
大学での技能訓練はマラソンレースにたとえることができる。自分がどこを走っているのか、どれくらい進んだのか分からないと迷いが深まるばかりである。半分を走ったとか、あと10キロであるなどの情報は必要である。言語パスポートは道標のような役割を果たしてくれる。あとどの程度走れば目標に達するのか、このパスポートを見ることで、励ましとなるであろう。
この場合、4技能別に目標を言語パスポートに記すことも可能であろうし、それはあまりに煩雑であると考えるならば、まとめて、目標を書くことも可能であろう。その目標を書く時は、繰り返すが、TOEICのスコア700を目指すでもよいし、「クラスのみんなの前で自分の夏休みの体験を語る」「イギリスへ旅行して、シャーロックホームズ関係の地域をすべて訪問して関係者にインタビューする」というような自分で考えた具体性のある目標でもよいだろう。
7.3 listening
言語パスポートに記すのは、TOEIC750点を取れるだけのリスニング力を身につけるというような目標設定でも「VOAの放送を聞いて理解できる」とか「字幕なしで英米映画を見ても大体のあらすじが分かる」のような目標設定でも構わない。ただ、後者のように目標設定が記されていれば、英語の放送を聞き続けたり、英米の映画を機会を見つけては見続ける、のような行為が継続しやすくなる。なお、TOEICのスコアによる目標ならば、テープやCDなどの関連する音声教材が豊富にあるので、それを利用することもできる。
この場合でも英語のグローバル化を考えたならば、音声的に中立な教材を選ぶことが望ましい。もっとも音声的に中立ということは、要はアメリカ英語に偏らず、様々な音声を聞かせることである。なまりの強いと一般に言われているSinglishなどが格好の教材になるだろう。学生たちに、世界各地の人々の英語を聞かせる必要がある。その様な教材があるかどうかだが、Youtubeなどを利用することでいくつかは見つかる。TOEIC対策の問題集に附属しているCDの音声だけではアメリカ英語偏重であり片寄りがでてしまう。
こ
こで、発音のモデルの問題を考えてみたい。世界の様々な英語に理解を示す人でも、いざモデルのことに関すると、「学生は混乱するだろうから、初級の時は、アメリカ英語のみを聞かせて、ある程度英語に対して慣れた時点で、たとえば、中級以降の段階で、世界の様々な英語を聞かせるべきである」と主張することが多い。しかし、英米の英語を学習の中心に据えるとしても、当初から様々な英語をも聞かせるべきと考える。言語は多様であるという事実を知ることは、語学学習の基本中の基本であるからである。
Jenkins(2000)では、Non-Native Speakersどうしが教室の中で、英語でコミュニケーションする様子を記している。彼女のクラスでは、イギリスに来た各留学生が活発にディスカッションしている。母語が異なるNon-Native Speakers どうしが互いにディクテーションすれば、いわゆる国際英語のreceptive能力が高まってくるとの報告もある(Jenkins 2000: 190)。
日本の教室で類似の経験ができるだろうか、留学生の数も増えている大学もあるだろうから、ある程度は様々な英語を話す人から成るクラスを作ることができよう。英語の授業において、中国人、韓国人、ブラジル人、ロシア人などの留学生が参加することがありうる。この場合、クラス内での互いの英語コミュニケーションを活用できる。互いの英語を知ることで、自らの英語の世界を広げる効果がある。自分の言い方のどこが、ある国の人には分かってもらえなかったのか、逆に、ある国の人の言い方はどこがよく分からなかったのか、知ることができる。教室が、世界の様々な人とコミュニケーションをするいい訓練の場になりつつある。
なお、Jenkins (2000: 190)によれば、教室でのディスカッションの話題として、発音の違いについて論議させることが有益であるそうである。それにより、アクセントや発音の違いという問題に学生が敏感になることができる。
7.4 speaking
TOEICには直接的にspeaking能力を測ることはないので、TOEICと関連づけて言語パスポートに記すのは難しい。CEFRに準拠しての目標設定になるのではないか。たとえば、B1を目標とするならば、それを参照して自分の目標をパスポートに書くことができる。SpeakingでのB1は「仕事、学校、娯楽で普段出会うような身近な話題について、明瞭で標準的な話し方の会話ならば要点を理解することができる。話し方が比較的ゆっくりと、はっきりとしているならば、時事問題や、個人的なもしくは仕事上の話題についても、ラジオやテレビ番組の要点を理解することができる。」としている。この目標を自分なりに練り直して、言語パスポートに記すといいだろう。
speaking能力を伸ばすためには、場数を踏むことであるが、日本のようなEFL環境のもとでは、その機会が少ない。どうしてもクラスルームでの練習が大事になってくる。その時に大切なことは語るべき何かを持つということである。自分を語ること、自分から発信する時には、writingと同じように、表現するべき自分がなければならない。私はよく授業の最初の10分ほど、先週何をしたのか英語で質問するが、何かに関心を持っている学生や、目標を定めて邁進している学生の答えは、英語の上手下手は別にして面白い。思わず耳を傾けてしまう。発信する何かを持つことは重要だと改めて思う。
どのような発音が望ましいかという点を再度考えてみたい。人は自分が生きていく中で自分の話し方や発音が自然と定まっていく。シンガポールに商用で長く赴任していれば、次第にシンガポール英語の影響を受けるだろうし、インド文化に関心があってインドに長期滞在していれば、インド人のように英語を話し始めるだろう。ライフ・スタイルによって自然にその人の英語の話し方が決まってくる。発音の指導もコアの部分を中心において、あとはどのように発展させるか、各自が自分の職業選択、居住地の選択の中で、決まると考える。
こ
こで、生きたモデルの提供について考えて見たい。授業に外国人を招待することは有意義である。アメリカ人、イギリス人はALTとして、学校に来てもらうことは多いだろうが、それ以外の人を招待して話をしてもらうことも面白い。筆者は、フィリピン英語の権威であるB先生が来日することを聞きつけて、忙しい中、筆者の大学のゼミに来てもらった。先生の女性らしい優雅な仕草と、それでいて自信に満ちた態度、すばらしい英語を見聞きしたことは、学生たちにとって、貴重な体験であったようだ。私のゼミは女子学生ばかりだが、非母語話者の女性で国際的に活躍している人と実際に話すことで、女子学生たちは自分たちの将来の生き方のモデルとなるかもしれない人と接することができたのである。
ここで、望ましい英語教師とはネイティブスピーカーであるかという問題をも考えて見たい。ネイティブとノンネイティブは、どちらがいい英語教師になりうるかという問題に対してJenkins(2000:216)はいくつかの答を示している。ネイティブはnative speaker intuitionを持っているので、informantになれるが、必ずしも、instructorになれるとは限らないと言う。ノンネイティブの英語教師は、English as a foreign language (EFL)という科目を専門的に学んだ人であるので、その専門科目を教えるのに適している。さらに、ネイティブの英語教師は、モノリンガルがほとんどであるが、ノンネイティブの英語教師は、バイリンガルであるので、学習者をバイリンガルにしようとするときに、その状況が分かるのである。一番の違いは、ネイティブの英語教師はgoalを示すが、ノンネイティブの英語教師は、そこへ至るプロセスを示す。そこへのプロセスを示すのが英語教師の役目であるので、その点でノンネイティブが勝っている。さらに、NNSのほうが、core featureがどこかが分かっているので、どの発音で理解性が高まるか分かっている点で有利であると言う(Jenkins 2000: 219)。
7.5 reading
日本人はreadingは得意であるとよく言われる。そんなことから、言語パスポートには、C1レベルを目標にしてもよいだろう。C1は「長い複雑な事実に基づくテクストや文学テクストを、文体の違いを認識しながら理解できる。自分の関連外の分野でも専門的記事も長い技術的説明書も理解できる」である。もちろん目標として、TOEICのスコアを記すこともよい。
ただし、TOEICのスコアを意識させると、TOEIC対策に走りがちになり、従来の英文和訳や和文英訳の際に見受けられるような、じっくり英語を読み、書く力を養成するのではなく、英文のまとまり全体を瞬時に理解する訓練などへ走りがちになる。それは、たしかに、近年、文科省の強く提案する「英語で行う授業」ともつながるのであるが、正確な読解力の涵養という点からは問題点も多いようだ。
TOEICでは、いろいろな読み物が提供されている。それらを読んでいくことで読解力が付いていくのは当然であろう。しかし、断片的に提示された英文を読んでいくことが多いので、どうしてもそれには限界がある。ある種のまとまった英文を読んでいくことがreadingの力を身につける正攻法である。そのためには、授業ではまとまりのある副読本を読ませることが必要である。
本稿が強調したいのは、じっくりと英文を読むことの必要性である。TOEIC対策のための、瞬時に英文全体を理解するという技能は、じっくりと英文を読むことを繰り返すことで自然と身についていくのではないか。TOEIC対策とは、要は、skimmingとscanningの力を付けることの提案だが、それには英文をゆっくりとしっかり理解するという訓練が前提になる。教室での訓練はその意味で伝統的な方法がまだまだ役に立つのであろう。
再び、教材の中立性という観点から考えて見よう。教材選びが重要である。世界中から幅広く題材を取るべきだろう。たとえば、アラブ人の考え方、フィリピンの人々の生活、中国人の価値観を紹介するような教材・副読本を使うのは有益だろう。現在は様々な教材が自由に手に入る。インターネットを介せば実に簡単に入手できる。
よく時事英語の教材として、CNN, BBC, VOAが使われるが、この点は懸念する。英米だけでなくて、できるだけ幅広く各国で発行される英字新聞を教材にするのが望ましい。言論の自由が制限される国の偏った報道なども反面教師として紹介してもいいのではと思う。要は、マスコミはどうしても自国の立場から報道してしまうので、マスコミ報道を鵜呑みにしてはいけないことを学生が理解すればいいだろう。
日本人の大学生用にアレンジされた適切なテキストや副読本を見つけることは重要である。ほとんどのテキストがアメリカ英語を基準にしているが、たとえば、米岡ジュディ・有本純(2000)、Joseph Saules et al. (2003)のようなテキストは題材も幅広く選択してある。これらは国際英語を意識したテキストとなっているので授業での活用は有益であろう。
7.6 writing
TOEICのスコアを目標としてwriting力をつけるのは難しい。言語パスポートには、CEFRに基づいた目標を記すのがいいだろう。「~が書ける」という形の目標設定がいいだろう。
writingの力をうける正攻法としては、教室で基本文法を覚えながら、語彙力を増やしていくことである。そして、何回も英作文をして教員に添削してもらいながら力を付けていくことになる。繰り返すが、書くべき「何か」を持っている必要がある。あくまでも、内容が主であり、形式は従ということになるだろう。従来の和文英訳の限界として、何のために自分はwritingをするのか学生は戸惑っていた面がある。我々が、writingするのは、外国人に対して、日本人・日本文化・日本社会を語ることが第一の目的である。
ところで、ここで論理的に書くという事について考えて見よう。英文は論理的に書く必要があるが、何も西洋式の論理を鵜呑みにする必要はない。日野信行(2003:27-28)は、「パラグラフの冒頭に主題文を置き、続くいくつかの文でその主題を支持し、最後の文でまとめる、という英米的な論理展開に沿うように指導するのが主流であるが、自己の価値観を表現する国際英語教育ではこれは必ずしも規範にならないわけである」と述べている。これは注目に値する意見である。
一例を挙げると、手紙を書くときは、日本語では、「次第に秋も深まり~」などと最初に季節の挨拶がくる。英語の手紙ではすぐさま用件に入ることが多い。私のクラスで、このことが話題になったことがある。クラスには、中国とロシアからの留学生がいたが、彼らによると、中国では手紙に季節の挨拶を入れるが、ロシアでは入れないそうである。日本人が中国人に英語で手紙を書くときは、どうしたらいいのかディスカッションさせたが、結論は、「英語の手紙でも季節の挨拶を入れるほうがいい」であった。日本人が英語でかくとなれば、お金の借り方、頼まれごとの断り方などははっきりと書くよりは、間接的に書く方がいいのではと思われる。
writingに関しては、基本文法はきわめて大切であり、とりわけ、5文型はどこの国で使われる英語においても必要なコアである。まず、writingの時間に英作文という作業を通して、5文型をきちんと理解させることは有益なことである。
7.7 文法の扱い方
現在では、多くの大学でカリキュラムマップが公表されている。ここでは、著者の勤務する大学で担当する科目Grammarのカリキュラムマップを例にして説明をおこなう。自分で執筆したカリキュラムマップであるが、よく考えてみると反省すべき点が多々ある。
まず、Grammar Iの主題として「英語の基本文型を習得する」として、その到達目標を3つほど挙げた。「1.英和中辞典で単語の品詞・意味を正しく引ける」、「2.主語と動詞を正しく理解する」、「3.目的語と補語を正しく理解する」である。Grammar IIの主題として「英語の「動詞」「準動詞」「関係詞」を習得する」とした。その到達目標は同じく3つあり、「1.「動詞」の正しい使い方を習得する」、「2.「準動詞」の正しい使い方を習得する」、「3.「関係詞」の正しい使い方を習得する」としたのである。
著者の反省として、本来ならばGrammar I とGrammar IIにはつながりが見えるはずだが、それが見えていない点が最大の問題となった。また、到達目標を記載するときには、Grammarの場合はそれを明示的に示すのが非常に難しい面がある。「正しく理解する」というような抽象度の高い表現では何も表現されていないとも言えるだろう。
より程度の高い科目であるGrammar IIを選択する学生には、たとえば、英検の2級程度、TOEIC500点をすでに取っていて、仮定法までの基礎文法は理解している者に限る、と受講者を制限するのも一つの方法である。この科目を選択した受講者には、1年後には、英検の準1級やTOEIC700点で使われる文法力が身に付くようにすると約束するならば、シラバスが学生への約束の文面になる。Grammarの中身に関しては、「英文の情報構造まで理解できるようにする」などの具体的な目標設定も必要であろう。
これらはCEFRのCan-do Statements とは性質がやや異なる。CEFRではもちろん文法などの項目の記述はないし、すべて実社会で生活する上での具体的な行動で示されるのである。この点は日本人学習者にとっては問題であろう。西洋諸言語の話者同士は、基本文法は共有していると考えられるので、とりたてて文法を独立した学習項目と考える必要はないかもしれない。しかし、日本語の話者のように言語的に英語と距離がある場合は、どうしても、文法という形で独立して整理整頓をしておく必要がある。
高校の学習指導要領では、「文法」という科目はたてずに、すべてコミュニケーション科目の中に埋め込もうとしている。英語と日本語のように文法構造が離れている言語では、その構造の差をはっきりと意識する必要がある。そのためにも、「文法」という科目を別個に樹立することが必要である。基本的な文法知識さえも持たない学生が入学することが多い。しかも英文はフレーズ的に覚えてきただけである。英文がフレーズとしての段階にとどまっている限りは、英語を組み合わせて意味のある文に作成していく力に欠ける。それを補うのはやはり文法のきちんとした力である。
おわりに
産学協働によるグローバル人材の育成への動きは、無視できない段階にまで達している。文部科学省大臣官房国際課(2012:11)によれば、今後はグローバス化を積極的に推進していくことが述べられている。そこでは、「国際社会で折衝・交渉を行える程度の能力を有する人材を継続的に育成するため」に、留学の促進などが唱われている。また、大学の国際化はもちろんのことであるが、産業界との連携が「産学協働」という表現で推奨されている。文部科学省大臣官房国際課(2012:13)には、「経済・社会のグローバル化に対応して、イノベーションを創出していくことのできる人材を育成・活用していくためには、大学と産業界が連携して取り組むことが大変重要です」とある。
大学教育が、国内で教室内でおこなう教育というイメージから、否応なしに、国際化へ・実践化へと引きずり出されつつある気がする。その場合は、その先端に位置するものとして、語学教育、とりわけ英語教育への改革の圧力が強まることは否めない。ただ、日本の英語教育が上手にその圧力を利用しながら、本来のあるべき姿へと移りゆくことも可能であろう。
中教審答申の2012年の答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」には、「主体的に考える力の育成」がキーワードとなっている。シラバスの明示化が必要な点はいうまでもないが、語学の伸びは各人によって異なるものである。主体的に考えるとは、自ら目標を見つけてそれに向かって進んでいくという態度の育成である。
そのためには、適切な動機付けが必要である。学生によっては、触発される動機付けがTOEICのスコアの場合もあろうし、到達行動目標の場合もあろうし、両方の場合もあろう。魅力的なシラバスの執筆が必要だが、それには両者の目標の併用が望ましいと思われる。様々なタイプの学生がいるのであるから、TOEICのような数値目標に触発される学生もいるだろうし、数値目標では心に響かずに、Can-do statementならば、納得する学生もあるだろう。このように、CEFRとTOEICが補完関係になる。
参考文献
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文部科学省大臣官房国際課 2012. 「グローバル人材育成への取り組み」『英語教育vol.61 no.9』大修館書店
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