カナダ領事館、領事のリモート講演会を聴く。


今日は勤務校で、名古屋カナダ領事館、シェニエ・ラサール領事からのリモート講演会を聴いた。本来ならば、会場に直接にお越しいただき、面前でお話を聴きたいところだが、コロナ感染の恐れがある現状では、リモート講演会が一番安全な講演会となる。

ラサール領事は、モントリオール生まれで、お名前から判断するとフランス系のカナダ人のようである。オタワ大学で法学を学ばれ、そののち弁護士を経験して、日本へ留学して、日本人の女性と結婚して、現在は名古屋の領事館で領事のお仕事をされている。英語、フランス語、日本語が担当で、講演では流ちょうな日本語で語られた。

リモート講演では、お顔が大写しにスクリーンいっぱいになるが、終始和やかに笑顔が絶えず、温和な性格の方であるとの印象を受けた。

講演の内容は、ご自身の生きてきた在り方、つまり自己紹介から始めり、カナダの言語状況(英仏二言語のバイリンガル)とか、多文化共生社会の在り方などを語ってくれた。また、最近は『ラサール領事のなごや日記』を中日新聞社から発行されたとのこと、その本の内容も紹介してくれた。

領事からみた名古屋の様子であり、観光地として見て、東京や京都に負けず劣らずの魅力があることを力説された。最後は質疑応答であり、質問は名古屋城の改築にあたり、エレベーターの増設の問題や、日本での学歴至上主義の問題など、かなり突っ込んだ質問が出たが、領事は、外国人の視点から答えられて、それぞれが納得のいくものであった。

カナダ政府はコロナ感染の恐れから、すべての外交官に任期が1年間延長とのことである。しばらくは日本に滞在されるので、お話をお聴きする機会もまた、あるかとも思う。

河合雅子氏(ぎふ善意通訳ガイドネットワーク会長)による挨拶
領事によるリモート講演

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「外国人集住都市の言語問題」を『日本語学』に発表した。

明治書院の『日本語学 2018年8月号』は、「都市とことば」という内容で特集が組まれた。私も声を掛けてもらって、「外国人集住都市の言語問題」というタイトルで執筆した。この論文の副題は「日本語で格差を生み出さないために」である。

論文の概要は、「ニューカマー」と呼ばれる外国人労働者が外国人集住都市を中心に集まっている実態を報告したものである。好むと好まざるとにかかわらず、高齢化社会にむかう日本は、外国人労働者の受入数を増やすことになる。それは、日本社会が多言語・多文化・多民族社会を迎えることである。問題点として言語問題が生じるだろう事である。つまり、日本語を理解できない外国人の存在なのだ。

そのことはやがては、日本語能力の差で格差が生じるのではないか、その格差を生み出さないようにするには、どうしたらいいのか、などを述べている。とにかく、詳しい内容は、この雑誌を購入してもらえればと思う。

日本語学の表紙

2015年に定年退職して、現在は岐阜県の大学で特任教授として働いている。定年退職したことで、自分自身の中でこれまで研究したことに一区切りが付いたかなという気持であったが、この度、執筆に声を掛けていただき出版社には感謝している。このテーマは自分がこれからも追求していくつもりであり、成果はこのブログで発表していこうと考えている。

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訪日外国人旅行者数(観光庁)

日本にいる外国人の数が増えているといわれている。たしかに、我々の身近でも外国人の数を見かけることが多くなった。具体的に、どのような数字になっているのか、どこの国の人が多いのか知りたいと思う。

訪日外国人旅行者

観光庁は、訪日外国人旅行者数に関する統計を出している。今は2018年の4月だから、2017年はどうなったのか知りたいところだが、観光庁のサイトを見ていると、2016年までの数字しかない。統計の処理にかなり時間がかかるようだ。確定値は2016年までのようだ。観光庁からのグラフをスクリーンショットしたので、下に貼り付けておく。

 

2016年は2,404人の外国人が日本を訪問している。しかし、これは延べ人数である。外国人が1年に数回訪問すると、そのたびにカウントされる。海外に行く外国人よりも、日本を訪れる外国人の数の方が上回るようになった。

2017年に関しては推計値と、それから数か月遅れて暫定値がでるが、それしか、まだ公刊されていない。その暫定値によれば、以下のようになっている。総数が287万人だ。その内訳はアジアがほとんどで、上位の4カ国は、中国(734万人)、韓国(714万人)、台湾(456万人)、香港(223万人)であり、その他の国は、アメリカ(137万人)である。やはりアジアからの旅行者が多い。

訪日外国人旅行者の定義であるが、入国カードの中から、滞在が三ヶ月以下の人をカウントしていると想像する。

在留外国人数との関係

在留外国人統計が法務省(入国管理局)から発表されている。在留外国人統計は、先日の自分の記事でも報告していたが、現在は247万人である。在留外国人とは日本に3か月以上滞在する外国人が対象である。

両者の関係は、滞在が3か月以下ならば、フローの面から見てゆく。つまり出入りをカウントする。滞在が3か月以上ならば、ストックの面から、つまり現時点で何人いるのかをカウントしているのである。

この両者の数字を見ることで、現時点での外国人の数についてある程度の予想がつく。

言語的な問題

どちらの統計も英語圏以外の人の数の方が多い。しかし、一般的には、外国人の増加=グローバル化=英語化という風に捉えられることが多い。たしかに、若い旅行者の多くはある程度の英語力を持っているので、英語でのコミュニケーションが役立つことが多い。

ただ、日本に在留する外国人の場合は、コミュニケーション言語は日本語であるので、どのような日本語をどのように教えるのか、どのように言語サービスを提供したらいいのかという問題になってくる。

登録外国人統計と在留外国人統計

在留外国人統計による数

在留外国人統計が法務省より発表されている。2017年6月末時点で、2,471,458人である。アジアからが、205万人であり、その中でも、中国が711,486人 韓国が452,953人 フィリピンが251,934人 ベトナムが232,562人である。その他には、ブラジルから185,967人が目立つ。(なお、台湾と朝鮮は別個に統計が取られている)

近年、増加が著しいのは、ベトナムとネパールであり、韓国籍は減少傾向にある。在留外国人数が最も多いのは,東京都の521,088人であり,全国の21.1%を占め、以下、愛知県、大阪府、神奈川県、埼玉県と続いている。 

在留外国人の定義

在留外国人等は何かということだが、その定義は法務省によれば、次のようになっている。要は、3か月以上在留する人を在留外国人と定義している。以下のように、中長期在留者、在留外国人、総在留外国人のように細分類されている。在留外国人統計は総在留外国人の数である。

中長期在留者

出入国管理及び難民認定法上の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の①から④までのいずれにもあてはまらない者である。なお,次の⑤及び⑥の者も中長期在留者ではない。
   ① 「3月」以下の在留期間が決定された者
   ② 「短期滞在」の在留資格が決定された者
   ③ 「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
   ④ ①から③までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,台湾日本関係協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)
   ⑤ 特別永住者
   ⑥ 在留資格を有しない者

在留外国人

中長期在留者及び特別永住者

総在留外国人

 在留外国人に次の者を加えたもの。
 出入国管理及び難民認定法上の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の①から④のいずれかにあ
てはまる者
   ① 「3月」以下の在留期間が決定された者
   ② 「短期滞在」の在留資格が決定された者
   ③ 「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
   ④ ①から③までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,台湾日本関係
    協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)

在留外国人と登録外国人の違い

2012年以前は、外国人の動向に関しては、入国管理局による出入国の際の情報把握と市区町村による外国人登録制度の二つを利用していた。しかし、他の市町村への異動の際に統計の漏れがめだつようになった。そのために入管法に基づくものに一本化して、外国人の動向を把握するようになった。この新しい在留管理制度の導入に伴って外国人登録制度は廃止された。

同時に、従来の外国人登録証明書は、あらたに在留カードになり、新しい在留管理制度の導入に併せて、住民基本台帳制度の対象に外国人住民が加えられるようになった。さらには、出国の日から1年以内に再入国する場合の再入国許可手続を原則として不要とする、みなし再入国許可制度が導入された。

二つの統計の違い

本質的には、二つの統計で示される外国人の数は変わらないが、新統計の方が、外国人が住所変更にした場合でも的確に人数を把握できるという違いがある。

 

のぞみ教室を訪問した。

はじめに

美濃加茂市にある外国人児童のための日本語教室である「のぞみ教室」を訪問した。

実は、のぞみ教室は1年ほど前に訪問したことがあり、その時の報告をこのブログの記事「美濃加茂市を再度訪問する」に投稿してある。その時の訪問は科研費による研究の一環であったので、報告書としてもまとめて、「美濃加茂市市民課と国際教室訪問の報告」として、これまた、このサイトに投稿してある。よろしかったら、そちらも参照していただきたい。

今回の訪問は、その後の変化の状況を知りたいと思い、教室の先生がたが忙しいのを承知の上で頼み込んだものである。許可いただいた市の教育委員会の方とのぞみ教室の講師の方々にはお礼を述べたい。以下、概要を述べたい。

のぞみ教室にコンタクトを取る。

前回は同僚の方にコンタクトをとっていただいたのだが、今回は私が直接コンタクトをとって、訪問の許可を頂くことになった。のぞみ教室は美濃加茂市の古井(こび)小学校の敷地内にあるので、小学校に電話して訪問の許可をいただこうとした。しかし、のぞみ教室は美濃加茂市の教育委員会の管轄にあるとのこと、たまたま敷地は小学校の中にあるのだが、許可をいただこうとするならば、教育委員会に連絡をするべき、と案内された。

教育委員会に連絡を入れると担当のKさんから訪問の許可をいただいた。さらにはKさんはのぞみ教室に、当日は先にゆき、私を待っていてくれる、ということであった。ここでKさんとしたが、本当は実名を記しても問題ないと思うのだが、とにかく最近は個人情報の管理がうるさく言われているので、Kさんと記しておく。Kさんと相談の上で、3月15日に訪問することが可能になった。

のぞみ教室を訪問する。

この日は小学校は卒業式のようで保護者の車が多いようであったが、何とか駐車するスペースを見つけた。Kさんはすでにいらしていて、駐車スペースまで誘導して貰った。

教室内でF先生に挨拶をした。F先生は日系ブラジル人で、ボルトガル語を母語とするが、日本語も堪能であり、国際教室のまとめ役としては最適の方であった。

先生方は、コーディネイターの方二人がまとめ役であり、あと10名ほどの講師が臨時職員として教えられている。講師の方々の言語能力は、だいたい2、3言語を話される方々であった。

教室内はそんなに広くはない。職員室が一つ、大教室が一つ、小教室が一つと合計3つの部屋に分かれている。

この教室は訪問者が多いので、子どもたちの親御さんからには、あらかじめその子との説明をして、撮影の許可をいただいてあるそうだ。ここでは、ただ、できるだけ子どもたちは後ろ向き、せいぜい横顔を撮影するように試みた。ただ、全員がそうなっているとは限らないのだが。

大教室で各先生方が教えられている。
一斉授業
一斉授業で教えられている。
のぞみ教室
小教室、主に低学年用の教室だ。

私が入った時は、グループ別の指導であった。それから一斉授業になった。グループ別になったり、一斉になったりと、最も効率が良い指導法が試みられている。

この教室は平成17年に前身のエスぺランザが出来上がり、それが平成19年に現在ののぞみ教室になった。

この子どもたちであるが、だいたい6ヶ月から3ヶ月ほど滞在する。6ヶ月以上いても日本語の能力は頭打ちになるので、それならば、普通教室に入って一般の日本人の児童と一緒に勉強したほうがはるかに伸びるそうだ。

子ども達のバックグラウンド

子ども達であるが、現時点では29名である。主にブラジルとフィリピン国籍の子どもが多いそうだ。一時は日系ブラジル人の数が非常に多かったが、リーマン不況や本国の好景気のために、数が減ったそうだ。でも、最近また増えているそうである。特徴としては、日本に定住を希望する人が増えていて、その分日本語の習得に気合いが入っているそうである。

フィリピン人の子どもさんは、ブラジル人の子どもさんほど熱心ではないそうだ。フィリピンの場合は本国とのつながりがまだ強くて、心が母国の方に向いている点が理由の一つだ、との説明であった。

中国人の子どもさんは一人だけで、この地域ではそんなに多くはないとのことだ。

将来は、ベトナムからの子どもさんが増えそうだと予想されるそうた。現状ではまだ一人もいないが、今後は増えそうだとの説明があった。

教室の移転

こののぞみ教室だが、現在の教室は、環境があまり良くない。昔の体育の物置を改良したものである。天井は音の反射が強くて、子どもたちの音声が互いに聞こえて集中しづらいそうだ。

天井は倉庫用にできている。

現在、30メートルほど離れた敷地に建物建設の準備が進められている。秋頃には、完成するそうだ。その時は、冷暖房が完備して各部屋は音が漏れることも少なくなるようだ。

おわりに

そんなことで、午前と午後の2回に渡って訪問をした。日本に増えつつある外国人児童の日本語問題に取り組んでいる最前線を見せて貰った感じがする。

多忙にもかかわらず、対応していただいた美濃加茂市の教育委員会のKさんとのぞみ教室のF先生には厚く御礼を申し上げたい。

今立吐酔(いまだてとすい)とグリフィス


自分は最近ふとしたことで北陸出身の教育者や思想家に関心を持つようになった。北陸出身の教育者として、今立吐酔(いまだてとすい)に関心を持っている。今立吐酔とは、ネットによれば次のような説明がある。

福井県鯖江の浄土真宗の寺に生まれ、「神童」と言われるほど、幼い頃から優れた才能をもつ人物でした。
 福井藩には「藩校・明新館(旧明道館)」がありましたが、当時は藩の武家にしか門扉が開かれていませんでした。しかし1871(明治4)年に、時代の移り変わりを見据えて一般人にも入学を認めるようになり、15歳になった吐酔はこの明新館に入学します。そして、この明新館に外国人(アメリカ人)教師として勤務していたグリフィスと運命的な出会いをします。飛びぬけて成績優秀な吐酔を、グリフィスは大変かわいがりました。その後グリフィスが上京し開成学校(後の東京大学)の教師になると吐酔も開成学校に入学し、グリフィスがアメリカに帰る際には、吐酔も同行して留学しました。ペンシルバニア大学に入学した吐酔は、ここでもずば抜けた成績で周りを寄せ付けませんでした。
 1879(明治12)年、吐酔は大学卒業後すぐに帰国して同年10月、京都府中学校に迎えられ、翌年初代校長に就任しています。この時、吐酔は25歳の若さでした。
 その後、1887(明治20)年、京都府中学校長を辞め、外務省の仕事をしたり、裁判関係の仕事などをしていたのですが、1895(明治28)年以降の彼の足取りについては、はっきりしていません。ただ、1927(昭和2)年にグリフィスが福井に再来日した際には、非常に喜び片時も離れることなくお世話をしたと言われています。
 その頃吐酔は兵庫県に住んでいたそうですが、1931(昭和6)年東京嫁いだ娘婿宅に来訪した際に病に倒れ、そのまま息を引き取りました。享年77歳でした。

明治期には多くの人々が活躍したが、この今立吐酔も大いに活躍した人であろう。当時としては、珍しくアメリカで勉強するという機会を持ったのである。これはグリフィスに師事したことがきっかけであった。ただ、彼は熱心な浄土真宗の宗徒であったので、キリスト教への改宗を進めるグリフィスとは最終的には別れざるを得なかった。

さて、自分も昔、グリフィスについて論文を書いたことがあった。お雇い外国人一般についても興味があり、資料もそろえたが、引っ越しを繰り返したので、今はその資料がどこにあるか分からなくなっている。こんど時間があったら、それらの資料を見つけて、読み直したいと思っている。なお、自分のグリフィスに関する論文をこのブログに載せたので、興味がある人はご覧いただきたい。

多文化社会専門職機構が設立された。

3月13日に、N先生と京都駅構内の喫茶店で会った。N先生とは1年ぶりぐらいで、本当に久しぶりであった。私は前任校を定年退職してからセミリタイアのような状態だが、N先生は、バリバリの現役で活躍されている。

N先生は現在、多文化社会専門職機構なる組織を立ち上げている。去る2月26日に、明治学院大学において、第一回多文化社会実践研究フォーラムが開催されたとの話をうかがった。

学会を立ち上げるのではなくて、機構を立ち上げるとのこと。このあたり、学会というアカデミックな分野に限定されないで、より実践的・行動的な組織として動こうとする意図があるのだと推察する。

ゆくゆくは多文化社会に関する専門職を認定していこうとの考えのようであるが、これは非常に革新的なことである。多文化社会に生じるさまざまな問題に対応することができる専門職を育てていこうという考えは非常に新鮮に思えた。この機構のさらなる発展を祈念する次第である。

なお、全国47都道府県の言語サービスを網羅した研究を行ってみたいとの話になった。N先生は今年、ある財団に応募して研究費を獲得したいと意欲的であった。もしも、この応募が採択されれば、各地の言語サービスの実態を実地調査するわけであり、その資金が確保されたことになる。調査研究が全国的に実施されて、全体をまとまれば非常に有意義な調査になる。応募が認められますようにと願う次第である。


さて、翌日の3月14日は、京都駅近くのキャンパスプラザ京都で、「言語サービス」に関する科研の研究者の集まりがあった。私は連携研究者としての資格で参加させてもらっている。当日は、私は岐阜県の美濃加茂市の外国人の子ども達の教育環境について発表した。日系ブラジル人達の置かれている教育環境について、市役所を訪問してお聞きしたことを主にまとめたのである。美濃加茂市はこれからも何回も訪問して、調査を深めてゆきたい。

なお、その後、科研の研究のテーマとして、Easy English について考えてみたらという話になった。日本にいる外国人の方々が災害などの非常時には「やさしい日本語」を使うことが現在は提唱されている。

その考えを延長して、日本語の最低限の知識もない外国人を支援するために、Easy English とい概念が使えるのではという問題意識の提唱である。これまた、面白い考えであり、今後の数年間をかけて深化できればと思う。